そのまゝで、永い間。
[#ここで字下げ終わり]
小母さんの声 (此処からは見えない台所で)……ふえゝ! まあま、出しぬけにビツクラするぢやないかいな! いつもその通りですなあ、あんたはん! 声も掛けんと、だまあつて入つて来てヌーと突立つておいやす。ホンマに……(あとはハツキリ聞えなくなる。この小母さんは、かなりひどいツンボのために、口の利き様がスツトンキヨウに高調子だ。京都生れだが、中年から大阪や東京や田舎などに移り住んだせゐで、いろいろな言語が混り込んで、不思議な京都弁になつてしまつた。誰か台所口に訪ねて来てゐる声がゴトゴトする。それを相手に喋つてゐるらしい)……アツハハハ、ハハハ、そんな事お言ひやしても、私はツンボーではおまへんで、ハハハ、どれどれ、なにが有るか見せとくなれ。ホウ!
美緒 ……(その方へ耳を澄ましながらニコニコしてゐる)
小母さんの声 ……(ハツキリしないまゝに続いてゐたが、再び聞えはじめる)そないな片意地な事言はゝると、お嫁さんの世話してあげまへんえ! こゝの奥さんの生徒さんには、綺麗な方がターンとお居やすからな、今度めお見舞ひにおいなした時に、あの魚屋さんチヨイとオツな若いし[#「若いし」に傍点]やなと見染めなしたお方が有つても、私、だまつてゝなんにも言つてあげまへんえ! えゝか?
青年の声 (それまでゴトゴト言つてゐたのが、ハツキリする。)小母さんに逢つちや、かなわんのう!
美緒 ……(クスクス笑ひ出してゐる)
小母さんの声 な! そんな、あんたはん見たやうな青年団がケチケチするの、見とむないぜ。青年団は青年団らしくイサギようしなはれや、な! 日本国は今、非常時どすえ! チヤンとすべき時が来れば、チヤンとしますからな! この間、大臣さんもラヂオで、そう言つてはりました……(あとはハツキリしなくなる。尚、互ひに押問答をしてゐるらしい)……
(間)
小母さん (下手を廻つて庭へ出て来ながら、裏木戸の方を振返つて)大丈夫、お嫁さんの事は、私があんじよう世話してあげますよつて、安心しておいなれ。ハツハハハ。(右手に鮮魚の大きいのを一尾ぶら下げてイソイソと美緒の方へ。質素だが、まだ上品な美しさを残してゐる様子が、小母さんと呼ばれるには少しふさはしく無い位の人柄である。京都の旧家の[#「の」に「ママ」の注記]人となつて、その後、種々の不幸に見舞はれ
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