になつてゐる。誰も彼もみんな病人だ。…わかるかい? ……そして、この病気を治してくれるのは、昔の、俺達の先祖が生きてゐた通りに生きて見る以外に無いよ。自分の肉体でもつて動物のやうに生きる以外に無い。動物と言つて悪けりや、一人々々が神になるんだ。……今、戦争に行つてゐる兵隊達が、それだよ。動物でもあれば神々でもある。日本の神々が戦つてゐるんだ。戦争をすると言ふ事は、最も強烈に生きるといふ事だよ。さうぢやないか。理窟もヘチマも、宗教もイデオロギーも、すべてを絶した所で、火の様になつて生きてゐる! それが戦争だ。いゝか? ……俺達は万葉人達の子孫だ。入りて吾が寝む此の戸開かせだ。早く開けろ。それでいゝんだ。お前が、赤井と伊佐子さんを一緒に寝させたがつた。それでいゝんだ。それでイライラして熱を出した。それもいゝ。俺あうれしいよ、その調子なんだ。……俺達あ、美しい、楽しい、かけがへのない肉体を持つてゐるんだ。ゆづるな、石にかじり付いても、赤つ耻を掻いても、どんなに苦しくつても、かまふ事あ無い。真暗な、なんにも無い世界に自分の身体をゆづつてたまるか。[#「たまるか。」は底本では「たまるか?」]
美緒 読んで……また……
五郎 よしよし、……どうも講義の方が長くなつちまはあ。ハハ。疲れはしないか? ……ぢや読むよ(と書物をめくつて)チエツ、まだ臭い……(と指の蛇の匂ひをかいでゐる)
美緒 ……どうしたの?
五郎 なんでも無い。(朗読)大伴旅人。あな醜《みに》く、さかしらをすと酒のまぬ、人をよく見ば猿にかも似む。……これは前にも一度読んだね。あゝ見苦しい事ぢや、悧巧ぶつた事をする人と酒を飲まない人を、よくよく見たら猿にでも似てるらしい。猿にかも似む。全くだ、猿め! (朗読)同じく。妹《いも》と来《こ》し敏馬《みぬめ》の崎をかへるさに、ひとりし見れば涙ぐましも。妻と一緒に来た事のある敏馬の崎を帰り途に一人で通つて見ると、涙ぐましい……(朗読)同じく。この世にし、楽しくあらば、来ん生《よ》には、虫にも、鳥にも吾《あ》れはなりなむ。そら、これだこれだ! 此の世さへ楽しかつたら来世には、たとへどんな動物になつたつてそんな事あ構はん。これだよ! この世にし楽しくあらば来ん生には、虫にも鳥にも吾れはなりなむ!
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そこへ小母さんが台所の方から出て来る。
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