……いえな……いえ、わては、あんな情のきついお方、実は、きらひどす。たまにお見えはつても、キツと庭の方で、スパスパスパスパ(と煙草をふかす真似)こうどす! ハハハ。いくら病気が嫌ひと言やはつても、たつた一人つきりの実の姉はんでおまへんか! きらひどす。わては旧弊人どすよつて、あんな方は虫が好きまへん。あれよりも、比企先生のお妹さんの方がまだましや。テキパキしてなはる! はあ、さうですわ! はあ、わては海岸に行つてよ、ピーン、バタバタツ! (と跳ね上る真似)こうどす! な! ハツハハハ、……比企先生も、東京に帰らはつて、もう四日になりますなあ。比企先生は、奥さんの具合が良うおなりはつたので安心してお帰りたのどすわ。
美緒 ……。
小母 ……五郎はん、お戻り、おそおすな。今日は描いてしまはるつもりでつしやろ。写生と言ふもんは、お骨の折れるもんだすなあ、今日で三日や。……でも、よろしおしたなあ。五郎はんが油絵描きはるやうになつて。
美緒 ……(何度もうなづく)
小母 五郎はんも、奥さんの病気が良うなつたので安心して写生しに行かはるやうになつたのどす!
美緒 ……(微笑。指で自分を指して見せる)……いえ、私がね……もう間もなく……いけないからなの。
小母 (美緒の声が低いので聞えず、その仕草だけを受取つて)さうどす、奥さんに見せようと思うて描きに行かはつてゐるのどすえ、チヤーンと知つてゐますがな。えゝなあ。お嫁はんの言はゝる事なら、どないな事でも五郎はん、やつてくれはる。見てゐてもケナルウなりまつせ。ホンマに! 首つたけや。ハハハハ。さうどすえ!
美緒 ……(弱々しい笑ひ)……私が……居なくなつたら……五郎は……どうするんでせう。……それだけが……私……心配なの。どうぞ、頼むわ、小母さん……。
小母 (相手の唇の動きをマジマジと見詰めながら)さうどす! 奥さんの言はゝる事なら、五郎はん、どないな事でも、たとへ火の中でも行かはりまつせ! おゝおゝ、シンドイ話や! (とまだ自分流に聞き誤つてゐる。そんな風に彼女に誤つて聞かれる程、美緒の表情は明るく、その言葉の持つてゐる意味とは全く反対のものである)
美緒 ……頼むわ、……小母さん……私が……居なくなつたら……五郎のこと……(小母さんに向つて両手を合せる)
小母 (まだまちがつて受取つてゐる)ハツハハハ、さうどす! 拝みなはれ、
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