しぬけに今迄の子供らしい表情を失つて、右手で京子の肩を掴む)
京子 ……(おびえ切つた顔をして、ブルブル顫へている。急に此の女が無力に小さなものに、同時に何か柔かい女になつた様に見える)……痛い! 痛いわ、そんなに掴んぢや……。
五郎 ……。
京子 (シクシク泣き出す。痛いためでも悲しいためでも無いらしい)……。
五郎 ……ふつ!(相手の肩を掴んでゐた手を離す)
京子 (立つて居れなくなつてヘタヘタと坐つて涙を拭く)
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 五郎はさうして暫く京子の姿を見てゐたが、やがて京子から眼を離して、次第に怒つたやうな顔になり、ジツと立つてゐる。
 京子の涙は、何か訳のわからない甘いものである。静かに泣きやんで、砂の上を見てゐる。
間。
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比企 やあ、久我君も来てゐたね……(と言ひながら上手からやつて来る。海から上つて間がないと見えて、水着が濡れてゐる)……おゝ寒いや。もう駄目だね、海水浴も。……京子、何をしてゐるんだ。そんな所に坐つて?
京子 (ボンヤリしてゐる)……えゝ。
比企 どうしたんだい? 泳いで来いよ。あがつて来ると寒いけど、水の中に居りや丁度良いあんばいだぜ。久我君もどうだい?
五郎 僕は大して泳げないから。
比企 なんだか、青いなあ顔が、少し寝るんだなあ。
五郎 ありがたう。……(まだ少し目まひがするらしい)
利男の声 (遠くから)京子さあーん! 京子さあーん! ボートに乗りませんかあ! 京子さん、ボートに乗りませんかあ!
京子 あ、利男さんよ!(と今迄鎖で縛られてゐたのを、急に解き離されて生き返つたやうになつて跳ね起きて、いきなり声の方へ向つて、ターツと駆け出して行つてしまふ)
比企 ……誰だい?
五郎 美緒の弟が来てゐるんですよ。
比企 ああ、利男君とか言つた? さう……おゝ寒いや。……しかし本当に君はどうしたの?
五郎 うゝん、チヨツト疲れてゐるだけなんだ。大した事は無いんですよ。(頭を振つてゐる)
比企 大変だなあ、君も。
五郎 なあに。……で、どうなんでせう、美緒の具合は?
比企 先刻言つた通りですよ。昨日と大して変りは無い。
五郎 正直に言つて下さい。僕あ本当のことが聞きたいんだ。なんだか彼奴の調子が――病気のぢやないんだ。感情の調子が、近頃益々変な風になつて来たんで、気にかゝつていけないんですよ。気持が段
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