ツ白くむくんで、あちこちに泥を附けた顔が、キョトリと周囲を見まわす)
[#ここで字下げ終わり]
せい (それを見て)まあ!
柴田 (泥だらけの手で、顔に取りついているクモの巣を払いのけながら)――やあ、清水君か。
清水 先生。(床の上の首へ向ってキチンと礼をする)
柴田 (きげんよく礼を返して)よく来たねえ。まあ、おかけ。
せい ぷーっ!
柴田 うむ!
せい ふふふ、ほほ! はは!
柴田 なんだい?
せい なんだじゃ、ほほ、ありませんよ! そのかっこうで、あなた、ほほ、そんな、落着いていらしたって――(清水もふき出す)
柴田 だってさ、しかたがない――(自分を振返って笑い出している)クラスの連中、元気かね?(穴のふちに手をかけてあがろうとする)
清水 はあ、まあ、やっています。
柴田 そりゃ結構だ。どっこいしょっと!(飛びあがるが、全身を支える力が両腕に無いため、再びスポッと穴に落ちる)おっと、と!
せい (近づいて)ごらんなさいよ。
柴田の声 やあ、どうも!(両腕だけをモガモガと穴から出す)ちょっと、手を貸してくれ。
せい はいはい。(その両手を掴んで引上げにかかる。清水も近づいて来て、右手を柴田のわきの下に入れて、両人力を合せて引上げる)
柴田 やあ、すまん。すまん。ふう!(息を切らしながら、穴のふちに坐って、肩や手足の泥を、穴の中にはたき落す。顔はむくんでいるが、からだがひどく痩せていて、自分の古背広を着ているのが、まるで倍も大きい人の借着をしているようにパクパクである)
せい (いっしょに泥を落してやりながら)チョットゆだんをすると、すぐに! また後で、熱を出したりなすったら、どうします?
柴田 (まだハアハア言いながら)なに、たいした事あない。
せい 先生はたいした事はなくっても、双葉さん、また、どんだけ心配なさるか――ちったあ、それ、考えておあげんならなきゃ、あなた――
柴田 はは、なにさ――
清水 なんでしたら、自分が埋めましょうか?
柴田 なあに、もうあらかた、埋めるにゃ埋めてある。あと二三本、根太の下を突きかためるだけだ。
せい ですからさ――
柴田 もともと、私が自分で掘ったものだからね。自分で埋めるのは当然だよ。はは、言わば自業自得だ。第一、床がブカブカして、歩くにも、寝ていてもグラグラする、コップはひっくり返る――(立とうとするが、うまく立てない)まあ、おかけなさい。
清水 はあ。(椅子にかける)
柴田 学校へも、だいぶ出かけないでいるんで、君達にゃ悪いと思っているが――
せい (柴田の胴に手をかけて助けおこしながら)ごらんなさいな、こいだけ、からだが、なにしていらっしゃるのに。
柴田 チョット疲れただけだ。(ヨロヨロしながら食卓のそばの椅子にかける)はは、なあに。……すまんが、水を一杯くれんか。
せい いっそ、でも、井戸へ行ってお洗いになったら?
柴田 いや、飲むんだ。
せい それなら、どうせ、すぐお茶を入れますから――
柴田 お茶はお茶で貰うとして、その前に――
せい はいはい。……(炊事場になっている所へ行き、バケツをヒシャクでかきまわして見て)おや、おや。……(からのバケツをさげて、上手の扉を開けて出て行く)
柴田 ……よく来たね。
清水 (柴田の様子を見守っていたのが)どっか、苦しいんじゃありませんか?
柴田 む? いやあ、どうしてだね?
清水 いえ、なんだか、その――
柴田 いや、馴れない仕事をしたんで、ホンのチョット息切れがするだけだ。はは。
清水 (不意にムキになって)先生は、学校でも、そんなふうにおっしゃった事があるんです。
柴田 なにが?
清水 五番教室に行く三階の階段です。うしろから見ていると、手すりにつかまって、先生、ヨロヨロして、五度も六度も休んでいらっしゃいます。――そいで、加藤が、いつか、どうかなすったんですかと、きいたんです。そしたら、今と同じように――
柴田 そうかね、私あおぼえていないが――なにしろ、脚気の気が有ってなあ。
清水 (相手の言葉は受けつけないで、寄り眼になったような視線を柴田の半白の前髪にヒタと附けたまま、しかし、静かな無表情な語調で)いつだか僕等の間で議論をしたことがあるんです。……早くなんとかしなくちゃと言う者もありました。……馬鹿だと言う者もありました。……そこへ斎藤先生が通りかかられて、ニヤニヤ笑われて、しかしあすこまで国策を守れる人は、えらいもんじゃないか、と言われました。……その時の、斎藤先生の笑い顔と眼つきを、自分は忘れる事が出来ないのです。
柴田 ――なんの事を、君あ、言ってるんだえ?
清水 ……(しばらくだまっていてから)今日は、自分は、クラスの代表として、クラスの全員の意志を持っておうかがいしたんです。
柴田 よくわからんなあ。ハッキ
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