うにつばの広い帽子をかぶり、歌声のノンビリさにふさわしくなく、なにか良くない病気で、もはや治すことの出来ない根深いやつを持ってでもいるように陰気な富本三平がポケットに両手を突込んでヒョコヒョコと入って来る)……お帰んなさい、三平叔父さん。
三平 や。(鼻歌のつづき)〔Engan~ado como a un nin~o.〕
双葉 (床下を覗きこんで)お父さん! お父さん!
三平 どうしたね?(アクセントが少し変である)
双葉 またお父さん、防空壕うずめてんの。
三平 そりゃ、いかん。これ、兄さん!(床板を足で踏む)ヘイ! 出て来い、こら!(ドンドン踏む)
双葉 お父さん! どうなすって? お父さん!
柴田 (床穴から首を出す。寝ぼけてキョロキョロと周囲を見まわしたり、眼をこすったり)う、ど、どうした?
三平 ユーこそ、どうした?(柴田の身体に手をかけて引き上げる)
双葉 (これも共に父親を引き上げながら)だめ、お父さん! あれほど言ってるのに!
柴田 いや、なに――(やっと我れに返って、双葉に助けられて椅子の方へ来ながら)びっくりした。――又、空襲がはじまったかと思った。――
三平 なにを夢を見ている?
柴田 いつの間にか、眠っちまっていたらしい。いきなり、ドカンドカンとお前、――びっくりして眼を開くと、まっくらだろう? はは、はは。
三平 しかしフロアの下で眠ってしもう奴もないじゃないか。
双葉 それだけ疲れていらっしゃるのに――(柴田がクシャンとくしゃみをする)そら、ごらんなさい、風邪ひいちゃった!
清水 ……僕、今日は、これで失礼します。(頭を下げる)
柴田 どうも、なんだ、失敬した。そうかね。いずれ、なんだ――ええと、ジャガイモは、どうも――(食卓の上を眼で捜すとイモは無くてフロシキだけ)
清水 ……(そのフロシキをクシャクシャにして右手で掻き寄せ、ポケットに突込みながら、うつ向いている顔から、ポタポタポタと涙が食卓の上に垂れる。双葉と柴田と三平と誠が次々にそれに気附いて、びっくりしている。――清水、その涙を横なぐりに右腕で拭いて、柴田を正面から見る)……先生は馬鹿です。(ふるえる唇で低く言って、クルリと背を向けて、スタスタと奥の出入口から去る)
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三平 ……どうしたな、今のは――?
柴田 うむ。
三平 泣
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