ながら、しばらく黙っていてから、つとめて静かに)……そんなふうな考え方は、お父さんの国士気取りの哲学癖に過ぎないと思います。……明治維新以来の日本の歩みがどうであろうと今現に現実の問題としては、先刻言った――つまりイエスかノウの二つの立場しかないんです。その中間のどっちつかずのボンヤリした「国民的立場」なんて、実は存在しやしないんだ。われわれは自分が今立っている現実の関係に立って歴史を見る。好もうと好むまいと、意識しようとしまいと、そうです。問題はお父さんが、どんな立場に立っているかと言う事だけです。
せい (どうなるかと思う心配のために、ハラハラと唇まで顫わせていたのが、こらえきれずに誠の言葉をたち切って)もう、あなた、いいじゃありませんか!いいえ、私は、なんにも知らない人間ですけど、先生のお気持は、よくわかります。そんな、あなた! (小走りに炊事場へ行き、コップを取って水を注ぐ)
誠 (そのせい子の方をジロリと見てから、つとめて自分を押えながら)なるほど、それは良心的です。誠実だ。しかし良心的で誠実であるだけに尚いけない。それはどこにも規準を持っていない。奉仕すべきものを持っていない。良心も誠実も抽象的に幽霊として宙に浮いてフラフラしているだけだ。だから最後にそいつは、遂にファッショのために利用されるだけです。現に利用されたんだ。うっちゃって置けば今後も利用されます。かって僕自身がそうだったんです。(柴田答えず。それは答うべき事が無いからではなくて、しきりと何か言おうとしても昂奮と疲労のために声が出ないのである。そこへせい子がコップに水を持って来て渡す。ブルブル顫える手でそれを受取って喘ぎつつ飲む柴田)……日支事変が始まってからもズーッと、太平洋戦争になるしばらく前迄――つまり僕がつかまる前迄、僕ぁハッキリしたイデオロギイなんぞ何一つ持っていなかった。たかだか素朴な社会主義思想――それにお父さんから注ぎ込まれた民族主義――そうです、僕ぁ、たしかにお父さんから育てられた、お父さんの弟子です。今でも或る意味でそうです、残念ながら。――とにかく、漠然として良心的進歩主義者と言ったとこでした。ところが奴等は僕等のような生まぬるい者まで邪魔になり出したんだ。それだけ奴等自身が追い詰められたんだ。そいで、つかまった。いじめ抜かれました。……奴等から僕は教育されたんです。正確
前へ 次へ
全71ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング