った。まして、君の言う「忍耐」にも「聰明」にも当らぬ、むしろ反対に「未練」と「愚昧」に起因する永続であったのだ。僕は、その頃から今に至るまで、この自分の見解を公けの席で公言し、公けの場面に書いて来た。しかし、誰もそれに耳を傾けようとはしなかった。勿論、両劇団はそんな意見に全く耳をかさなかった。僕も遂に言うことに飽きた。両劇団はその後も、あたかも切れ切れなること牛の小便の様にではあるが、同時に、いつ打ち切られると言うことも無い点でも、牛の小便の様にタラタラと続いた。そしてそれは恰も半永久的に続くかに見えていた。そして三年前、両劇団とも当局のすすめに依って、辛うじて打ち切られたのである。
 君は「新築地劇団は過去の或る時期に犯した思想上の誤りからその命脈を断ったが、でなくても上述の錯誤(=もともと食える筈の無い劇団が、無理に食おうとして無理をしたこと)から、早晩その永続性を失う運命……解散或はそれに近い大改造を要する運命にあった」と言うが、真実は「命脈を断った」の所までゞあって、「でなくても」以下は全部嘘である。新築地は、幸いにして当局の明断に依って解散させられたからこそ、やっと、つぶれる事が出来たのだ。もし当局の明断が無ければ、新築地は、生きているか死んだのかハッキリしないような姿で、ダラダラと生き続けていたに違いないのである。切っても切っても生きつづける単細胞動物の様にダラダラと現在までも今後も形の上だけでは「永続」していたに違い無いのだ。こゝに於てか、これを解散させ打破らせた当局の明断は、世間のために幸いなことであった事は言うまでも無い。ばかりで無く新協新築地両劇団のためにも幸いであった。勿論、僕は喜んだ。
 此処までの経過を一つのたとえ話にすると、或る一家が在って、その家は既に久しい前から、実質的には没落と言ってよい程の紊乱状態にあった。ただ今までの習慣と惰性とで形の上だけで一家として存在しつづけてはいても、家族達の混乱と放埓はその後も益々紊乱状態をひどくして、それは殆ど収拾のつかぬ程の有様となっていた。しかも此の一族の全体を支配している気分は、それ自体として何等明確なものではなくても、社会にとっては一種有毒な空気を発散していた。
 親戚に一人の伯父さんがいて、これを心配した。許して置けなくなった。遂に見るに見かねて、乗り出して来て、この一家の財産整理にかかった。整理は、とにかく済んだ。一家は離散させられた。しかしそのために子供達の一人一人は、とにかく存立して行けるようになったのである。……それを聞いてそのズット以前に此の一家から勘当されて出奔していた息子の一人(即ち僕)は、よろこんで、ヤレヤレと思った。
 そこまでは、よかったのである。そこから先きがいけない。と言うのは、その伯父さんは一家を離散する際に子供達の一人々々に、今後まじめにさえやって行けば、それぞれに身を立てて行くに足るだけの資本は添えてくれた(それは何かと言えば、芸術家としての良心と技術である)。ところが、離散して一人々々になった子供達の中で、その資本を妙なところに使いはじめた者が出て来た。その或る者達はバクチや投機にこれを使い出した。(即ち曽ての新劇人達の中で、あれ以来、映画でござれ芝居でござれ、金にさえなれば、そして少しでも多い金にさえなれば、その余の事はどうでもよいと言う「お役者根性」になった者達がいる。そして運良く、思いがけない金=月給にあり附いたもので、トタンにのぼせあがってしまって、小成金になった気の者が相当居ることは、誰もが知っている)。或る者は、せっかくの資本で、女買いをはじめた(即ち、演劇(=女)に惚れた惚れたと言いながら、実はホンの時たまのインギンを通じたいだけの気持で、自身の身体にも自身の財布にも決定的な危険を及ぼさぬ範囲内で芝居をしようと言う者達――即ち君もその一人だ――が現われて来た)。等々々。
 曽ての勘当息子が、これらを見聞きしていれば、心外に思うのは当然であろう。第一、せっかく、チャンとして今後やって行くように取計らってくれた伯父さんに対して済まないのではないかと思うのだ。
 即ち僕は、それらを心外に思う。当局(引いては国家社会)に対しても、それでは済まないのではないかと考える。此の際こそわれわれは、腹のドン底から自戒し自粛して、国家と自己の関係、文化芸術と自己の関係を洗い突きつめ、鍛えて浄めて、国家の子としての誠実と、文化芸術の僕としての良心に徹することに努めた上、文化芸術の事を為すには全身全心の誠を以てこれに当るに非ずんば、過去における過誤を償い得ないばかりでなく、われわれ自身をも遂に真に救い得ないではないかと僕は思うのだ。
 しかも、演劇に対して女買いが女にするのと同じような事をしているその君が、自身のその様な中途半端な
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