無理に食おうとしたために新築地の針路は曲げられ、濁った。その食えないと言う事にも堪えられなかったし、針路の曲りや濁りにも我慢出来なかったので自分はその様な仕事から身を引いていた。しかし尚、演劇への愛情のやみがたいものを持っている自分達は、今の場合こうするのが最善だと思うので、食う道を別に持ちながら良い仕事をしようと思って苦楽座を結成した」と言う言葉を、そのまま文字通りに真実として肯定して見よう。……さあ丸山定夫よ、水に落ちて溺れようとしている君を救うために僕は一本の藁シベを投げ与える。すがり附きたまえ。やがて直ぐに僕はその藁シベをも君の手から取り上げて見せる。乞う、次を読め。
そこで、苦楽座結成に至る君の論理のすべてを僕は肯定した。あとは、君自身の論理を使って行く。苦楽座は、食うための手段を他に持った者同志の劇団なのだから、差し当り苦楽座自体の仕事の収益で以て食わなくとも済む。従って、その方針や演目の配列は食う必要を顧慮しないで実施出来る。と言うよりは、それが取り柄で苦楽座は始められたのだ。すれば、苦楽座の方針や演目は君等座員達の芸術家としての芸術的意慾を第一義的に具体化したものである。
そこで苦楽座の旗挙公演のやられ方(方針)と演目の配列を見ようではないか。
それはスター・システムでやられた。演目は各スター達の「これは俺の出し物、これは俺の出し物」と言うので決められた。俳優が足りないのは、あれやこれやの雑色の不統一な俳優達が掻き集められた。又は、どう言う理由か僕には判らぬ理由で(なぜなら苦楽座はそれで以て食う必要は無いのだから従って「当てる」必要はないのだから)「大いにポスター・ヴァリューを考慮して」人気だけ有って演技力を殆んど持たぬレヴューガールなどまで掻き集められた。稽古日数は、ひいき目に見ても充分とは言えなかった。三つの演目の間に一貫した方針も調和も統一も無かった。その演目の一つ一つも意義や美しさに於て欠けていた。つまり良くなかった。(この事に就ては、もし君から質問が有れば、良くなかった理由を具体的に述べる事が僕は出来る。また、それだけの責任を自分の言葉に負いたいと思う)
準備期間が足りなかったとか、脚本が他に無かったからとか言う弁解は、この場合有り得ないのだ。なぜかと言えば、君達にとって食う必要こそ芸術的方針や演目を歪めたり濁らしたりする最大の理由なのだから、その食う必要を顧慮する必要の無い苦楽座が、誰が考えても芸術的方針を歪め演目を濁らせるところの準備期間の不足や脚本の不足を我慢しながら芝居をやる必要は初めから無かったのだ。従って、苦楽座旗挙公演の、このやられ方や演目が、君達の芸術的意慾の第一義的な現われと見てよいのである。(記憶せよ、僕がこの結論にたどり附いたのは、君自身の論理に依ってである)
これから先きは、僕自身の見る眼だ。さてそれで僕の眼には、この様な芝居のやられ方が、真直ぐな方針に基いたものとはどうしても見えないし、この様な演目の配列が澄んだものとは映らないのである。むしろそれは曲った針路――と言うよりも初めからクシャクシャに曲りくねったボロクズの様な針路、早く言えば針路とは言えない針路に依るものの様に見えるし、また、それは濁った演目――と言うよりも初めからドブドロの様に濁った演目、早く言えば澄むとか濁るとか問題にならぬところの演目の様に見える。その曲り方や濁り方は、君の「食う必要のために曲った針路を取り、濁った演目」に堕した新築地劇団の方針や演目に較べても、苦楽座旗挙公演のやられ方と演目は、より曲って居り、より濁っているとしか僕には、見えないのである。しかも、ショッパナからである。これも、もっと具体的に実証せよとあらば僕はするつもりだ。
すると僕には、君の「食えないから……」と言う文句から始まって展開された言葉と論理の全過程が、ひっくり返り、こわれてしまったように思われる。言うまでも無く、君にも同様に思われる筈だ。
従って、あにはからんや! 芸術方針を曲げたり、演目の配列を濁らしたりする原因は、君の言う「食えないのに、無理に食おうとする」からでは無かったのだ。少なくとも、食えないからだけではなかったのである。それごらん。君の手から最後の藁シベを僕は取り上げてあげた。君は、どうする? どう答える?
そこで、前に別の言葉で言ったように、或る劇団の芸術方針の歪曲や演目の濁りは、他なし、その劇団の芸術的意慾の衰弱から起ると僕は思う。衰弱した芸術的意慾は、ホンの少し痛めつけられても悲鳴をあげるものである。チョットばかり「食えなくなって」さえも、それに堪え切れないのである。
かつての新築地その他の新劇団はいろいろのやむにやめない原因から、殆んど慢性的に衰弱した状態であった。そして君達の苦楽座は、別
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