え、マキ君、聞いてるか、俺の云うこと。

[#ここから3字下げ]
マキは、死灰のように目も開けない。
[#ここで字下げ終わり]

井上 ごらんの通りだ。もし、すこしでも元気が出たようだったら、いつでもいいから連れて来たまえ。どっちせ、今夜、またおそくなって、来るには来てみよう。

[#ここから3字下げ]
と云って医者は帰る。
その後で、シンとしてマキの姿を見守っている者たち。
[#ここで字下げ終わり]

豊後 おいマキちゃん。しっかりするんだよ!
岩見 ……しょうねえなあ、マキちゃんよ、おい!

[#ここから3字下げ]
マキは返事をしない。
そこへ、一番向うの隅つこの方から、だしぬけに、
「ヤーレ
破れわらじと
おいらの仲は」

一同がひょいと見ると、肥前。
[#ここで字下げ終わり]

陸前 肥前。どうしたんだ急に歌をうたって? 歌のだんじゃあないじゃないか。見ろ、マキちゃん死にそうだ。

[#ここから3字下げ]
それにかまわないで肥前、

「すぐに切れそで」
[#ここで字下げ終わり]

豊後 よせと云ったら!

[#ここから3字下げ]
どなる。そのあとシーンとした中にクスクス低い笑い声が聞えるので、ひょいと見ると、寝てるマキが、顔に微笑を浮べている。やがてポカッと眼を開ける。
[#ここで字下げ終わり]

豊後 オツ、マキちゃん気がついた。どうしたマキちゃん。元気を出せよ、マキちゃんよ。

[#ここから3字下げ]
マキが、クスクス笑いながら弱い声で
[#ここで字下げ終わり]

マキ 肥前のおじさん、私が死ぬんだと思って、お経歌いはじめたわ。
豊後 え、お経?
[#ここから3字下げ]
と、マキが
[#ここで字下げ終わり]

マキ 肥前のおじさん、もう一度歌って。

[#ここから3字下げ]
それを聞いてた肥前が、ムツとした顔のまま、
「ヤーレ
破れわらじと
おいらの仲は
すぐに切れそで
切れやせぬ
アーチートコ、パートコ」
とユックリ歌いすましてから、
「およねさん!」と云った。
寝ているマキがニコニコして、
[#ここで字下げ終わり]

マキ およねさん? およねさんて、誰れ? え、およねさんて誰れ?

[#ここから3字下げ]
そのマキの顔に生色あり。
豊後、岩見、陸前などが……
[#ここで字下げ終わり]

豊後等 やあ、なんだか馬鹿に元気になったじゃないか。よし先生がああ云っていたんだから、じゃあ、このまま雨戸に乗せて、皆でかかえて、診療所にかついでいこう。

[#ここから3字下げ]
と数人。うむ、それがいいや、というんで、さっそく、マキを蒲団ぐるみに戸板に乗せて
ホラよ!
四、五人でかついで外に出る。それを見送る肥前と六十過ぎの越後。
[#ここで字下げ終わり]

越後 肥前さん、お前もついて行かねえか?
肥前 なに俺あ、いいだろ。
越後 うまく持ち直してくれりゃいいがね。
肥前 うん……。

[#ここから3字下げ]
どこからか、非常にたくさんの人の声で、まるで大川口に潮が寄せてくるように、木びき歌が響いてくる。
(合唱又はハミング)そのハミングのズーッと奥に博多節の三味線と歌がかすかに聞えてくるかもしれない。
[#ここで字下げ終わり]



底本:「三好十郎の仕事 第三巻」學藝書林
   1968(昭和43)年9月30日第1刷発行
初出:「破れわらじ」
   1954(昭和29年)11月、NHK放送
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年1月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全10ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング