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肥前 へつ、なにを言やあがる! へつ、何をツベコベと、きいたふうな事を言やあがるんでえ! 誰か思わん夢さめて――と言ってな、あれから二十何年とたつちまったんだ。今さらいくら思い返してみたって、どうにもこうにも取り返しがつくものけえ! へつ、くやしかったら、ばけて出て来て見ろい、およねしゃん!……
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ウントシヨ、とあがるトタンに又空きカンをガランガランと言わせてしまう。
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三河 (これはまじめに、低い声で)おい肥前さんよ、ホントに静かにしなよ。みんなもう寝てるしよ、それに第一、そっちの隅のマキちゃんが又からだの加減が悪いちって今夜も苦しがっていたのが、どうやらやっと落ちついたばかりの所だ。
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肥前はそれには答えず、鼻歌まじりにミシミシとみんなの枕元を通って自分の寝場所に行き、フトンを引きずり出して寝仕度にかかりながら自分だけは良い心持そうに――しかしはたから聞くとくずれさびれた投げやりな調子で――低い声で唄い出す。
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肥前「やーれ、月の出しをと、こら
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約束したが
月は山陰、主あどこに
やれ、チートコ、パートコ」
二、三人さきに、ペタンコになって寝ているマキと言う十六七の戦災孤児の女の子が、ムックリ顔を向けて、
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マキ やかましいなあ、肥前の小父さん、歌というとそれしきや知らないの? まるでお経読んでるみたいだ。よしなよ!
肥前 なあに、この、マキベえの、くたばりぞこねえめ! お前、からだの具合が悪いんだったら、黙って寝ろい!
マキ おおきなお世話だよ! くたばりそこねえであろうとなかろうと、おいら、景気の悪いのはごめんだよ。てつ! おいらが死ぬ時あ、上州の小父さんに頼んで、八木節でも唄ってもらうつもりでいるんだ!
岩見 (すぐわきのフトンの中からモグモグ顔を出して、ゴホンゴホンと咳をして[#「咳をして」は底本では「呟をして」]、マキの毒舌に笑いながら)フフ、フフ、いやあ、マキちゃんよ、お前は若えからそんなふうに言うがな、肥前さんのその歌なんてもなあ、よくよくわけのある歌だ。どこの何という歌だか知んねえが、俺あそいつを聞くたんびに、シミジミ泣けてくるぞ。なあ! 破れわらじとおいらが仲は、か……なん
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