つた時に、俺の鼻を襲つた匂いは、しめつてスッパイような、鯨のゾウモツが腐つて醗酵したような惡臭だつた。それが、あの女が身じろぎするたびに、身體の隅の方からあおられて來てムーッと俺を包んで、俺は吐きそうになつた。生きながら腐つて行きつつある人間のカラダから立ち昇るガスのような臭い。その中には、思い出のなつかしさや、まして情慾そそるようなものは、まるで無い。……いやいや、しかし、もしかすると、人間の情慾だとか、思い出なんかも、實は匂いにすれば、そんなものなのか? すると、やつぱり、この惡臭が、あの晩の女の匂いだつたのか?……いやいや、ちがう! 俺の鋭どい嗅覺が、いくらなんでも、そんなに大きなまちがいを犯すことは無い。あの肌の匂いは、良かつた。美しかつた。この女の體臭は、ムカムカする。腐りかけている。……そうなんです。
それでいて、「この女だ」と僕は思つたのです。確信に近いものが僕に生れたのです。それが、どういう事なのだか、僕には全くわかりませんでした。そして、今となつては、そんな事など、どうでもよいと思つています。……
そうです、僕は、あの女をヤッと見つけました。そしたら、それと同時に、僕はルリをそこに見つけ出したのです。ルリがそこに居たのです。綿貫ルリです。その女と同時に、見つけたのです。びつくりしました。うまく言えません。しかし、そうなんです。
いえいえ、僕は、神秘主義者になつたのでは無いのです。これは事實ありのままの話です。僕は哲學をしようとは思つていません。現に、今僕がこれを書いている隣りの室では、あの女とルリの二人がほとんど抱き合うようにして眠つているんです。
あの女の方は、あれから毎日、無理やりにつかまえてフロに入れて洗つてやつているので、最初のような、ひどい惡臭は立てません。しかし、やつぱり、どうにかすると、腐つた臭いがします。ルリは、良い匂いを出します。シットリとしたスモモの花のような匂いです。その二人が、抱き合つて寢ているのです。實に妙な氣がします。
――こんな事いくら書いていても、しかたが無いので、僕があの女を見つけ出すまでの事を、かいつまんで書きます。
あれからズッと僕は山梨の久子さんの家に厄介になつていました。いろんな百姓仕事にも馴れて來ていました。久子さんの、變に動物的な荒々しい性質は好きにはなれませんでしたけれど、前ほど氣になら
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