氣が無いようである。そうかと言つて、早く死のうとも思わぬらしく、そのへん、自分にはわからぬ。當人もそんな事に關する事は一言も言わない。大體、病状のために呼吸が苦しいか、あまり口をきかぬ。低い聲で靜かに二言か三言かを言つて默り、又、しばらくたつて、ポツンと一言か二言か言うといつた調子。あらゆる事がらに、興味を示さず。Mさんの事を自分が言い出しても、
「そう、お氣の毒だつたわね……」と言つて、天井を向いて寢ている顏の筋一つ動かさない。それでいて、冷酷と言うのでは無い。ただ、そういう事に氣持を動かすような心境から、はるかに遠い所に行つてしまつているとでも言うか。だから、自分がこうして彼女を訪ねて來た理由なども聞こうとはしないし、又、自分が彼女をたずね當てた徑路をクドクドと説明しても、興味が無いか、ほとんど聞いていない。野々宮キミが燒死した現場に居たらしいが、それを語るにも淡々として、短い言葉で、「……顏の皮が、アゴの所まで綺麗にむけてしまつていたわ。ベロッと」そんなふうに言うが、感情はこもらない。それで顏は、すき通つたような、案外に痩せては居ず、やさしい、美しい表情だ。見ていて、なんだか恐ろしいような氣がして來る。
室には、病氣特有のスッパイような匂いと、クレゾール液の匂いの入れまじつた空氣が重くよどんでいる。室に入つて來るや、自分の搜す女では無いと思つたが、それきり、安子と相對している間中、あの女のことなど思い出しもしなかつた。それほど、この室の空氣の匂いと、椎名安子の人柄は、もうどうしようも無い、決定的なものであつた。自分などが何か言つても、そんなことは全部はじき飛ばされてしまうだろう。……この人は、どうして暮しているのだろう? 家族は居ないのだろうか? 親戚は無いのだろうか? 看病する人は? 醫者にはかかつているのか?――そんな事考えたが、口に出しては言い出せなかつた。言い出しても仕方が無い氣がした。そんな事を言う自分がセンエツなような輕薄なように思われる。第一、安子がチャンと答えてはくれまいと言う氣がした。しかたが無いので歸る氣になつて、カンタンに失禮を詫び、「お大事に」と言い、金を千圓ばかり、安子には氣づかれないように枕元の盆の下にはさんで立ちかけた。そこへ、案内も乞わずに室に入つて來た男がある。自分よりも少し年の行つた、ハデな洋服を着た男で、その身なりやから
前へ
次へ
全194ページ中162ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング