ねて行つた時は、正午近くだつたが、アパートには不在のため、隣室の人にたずねると、託兒所だろうという事で、そちらへ行くと、なるほど幼稚園のカンバンはかかつているが、古板や燒けトタンを寄せ集めて立てたヨロヨロのバラックなり。表で自分がウロウロしていると、バラックの内から、甲高い女の聲と三四人の幼い子供たちの聲で、インターナショナルを歌う聲が不意に起る。しかし、チャンと歌になつているのは、ただ一人の女の聲だけで、あとの子供たちは、ただウォーウォーと犬がほえるように、節もメチャメチャに叫ぶだけ。
 案内を乞うていると、窓のような所から、オトナやら子供やらわからぬ女の顏がヌッと突き出て、「どなた?」と言う。それが徳富稻子であつた。内に入ると、二間四方ぐらいのきたない板の間で、家具は無く、壁に小さい黒板を一つぶらさげただけ。黒板に多分熊だろう――動物の繪がチョウクで描いてある。四歳から七歳ぐらいまでの、みすぼらしいナリと顏をした子供が、たつた四人いるだけ。それに稻子はインターナショナルを教えていたらしい。自分は託兒所というものを、はじめて見たが、こんな貧弱な託兒所が有るのか? 兒童が四人というのも、あまり少なすぎるのではあるまいか。しかしそんな事は自分に直接の關係無き事ゆえ、すぐに自分がMさんの知人であることを言う。椅子も無く、坐る所も無いので、突つ立つたままなり。
「そう、Mさんね?……もう久しく會わないでいて、あの方あんなことになつたけど――お氣の毒なことをしましたねえ」
 カチッとした物の言い方で、テイネイなれど、冷たい。人をよせつけないような所がある。ひどくイライラしているような眼の色。そのイライラしている自分を他人からかくそうとして壓えつけている。冷たい感じはそのために生れるのか。――
「で、どんな御用でしよう?」
 言われて自分困る。はじめの三四分間、この人があの女で無いとわかつたので、さて「用」と言われるとマゴつくのだ。それで、しかた無く、訪問の口實として立川景子から授かつた「Mさんの事を書きとめて置きたいと思つて、知人の方たちを歴訪しているんです」と言うと、稻子はしばらく考えていたが、やがて腕時計をのぞき「では、私の住居の方へ行きましよう。いえ、どうせ、お午になれば、この子たちは家の方から連れに來ることになつているし、もう十一時半過ぎですから、早目に歸らせましよ
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