わからないでしようね、あんたなぞには。Mさんが生きていてくれたら、チャーンとわかつてくれるんだがな。つまり、そんだから、男なんかつまらないの。いいえ、つまらないなんて言い過ぎだけど、藝の前に連れて行けばだな、シバイというものの前に連れて行けば、男の魅力なんか、負け。シバイには飽きないけど、男には飽きるもの。いえ、そうで無い女も居るには居るでしよ。大部分がそうで無いかもしれない。しかしあたしは、そうなの。だから男運が惡いと言うよりも、あたしのセイで、あたりまえなの。だつてあたしには、男なんかの前に、チャンとシバイと言う御亭主が居るんだもの。そうなのよ、シヨウねえや!」
 話がどこへ流れて行くか見當がつきません。僕はだまつて聞いている以外にありませんでした。そのうちに、樂屋の入口の方から男の聲で
「――さん!」と景子の現在の藝名を呼んで
「すぐに出ですようー」
「オッケエ!」景子は、どなり返すや、急いで鏡の方へ向いて、顏を作りにかかりました。鼻の下をグイと伸してオシロイのパフを叩きつけたり、思いきり目をむいて横を見たり、實にコッケイなことをします。しかし當人は眞劍です。
「そうそう、そうだつけ。あんた、キジマさんとか言つたつけ、あたしに聞きたいとか言つてたね? なあに、それ? どんな事? ごめんなさいね、自分ばかりしやべつてしまつて。いえさ、急にMさんの事思い出したもんだから、ツイねえ!」言いながらもメイクアップの手は休めないで、「どんな事?」
「いや、今日はお忙しいようですから、又來ます」
「そうね、これから、夜の部までズーッと引つぱられているから……じや、すまないけど、八時半になれば三囘目がトレるから、その頃來てくんない? 此處で待つているから」
「じや、そうします」
「すまなかつたわね。タアちやん!」と、これは、斜め後ろに坐つていた若い踊り子に呼びかけて、
「眉ズミ、ちよいと貸して」
「はい!」
「おやおや、まだ、これかあ! チエッ!」
 見ると、それは、眉ズミなんかでは無い、普通の四角な棒状の、するスミです。その頭を、舌を出してペロリと舐めてから、眉毛の上にゴシゴシとなすりつけています。そうしながら彼女は、テレかくしに片目をつぶつて見せて、
「ハナ、ハト、タコ、コマ……讀み方や書き方を思い出すわね? なんしろ、こいつで眉を描いていりや、樂屋中で使つても、五六十
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