て私を訪れてきた時に、あとから訪ねて來た綿貫ルリが、二時間ばかり同席しているうちに、彼に對して急速に好意を抱くようになつたこと、そしてそのあげく、夜おそく二人がつれだつて歸つて行くことになり、そして、その結果、あのような、わけのわからない奇怪な事件がひき起きてしまうことになつて、そのため私までが事件の中に卷きこまれてしまつて、すくなからぬ迷惑をこうむることになつた――そういう事のすべてが、すくなくとも最初の間、ルリの目にはこの男が一人の感じの良い、おとなしい青年に見えたためだろうと思われるのである。……以下、順序を追つて書いてみよう。

        2

 その頃――終戰の次ぎの年の春――私は、人に會いたくなかつた。誰に會つても、しばらくするとイヤになつた。先ずたいがい相手の顏を見ると、あわれになる。泣き出してしまいたいほど、あわれになる。そして言うことを聞いていると、次第に腹が立つてくる。次ぎに相手を腹のドンぞこから輕蔑している自身に氣がついてくる。いろいろ話している相手が次第々々に、この上も無く卑屈で臆病でズルくて耻知らずで無智な動物のような氣がしてくる。そして次に、その相手よりも、もつと卑屈なズルい耻知らずの無智な動物は、當の自分の方だという氣がしてくる事である。すると、いけない。ムカムカして口をきくのがイヤになり、そのへんの物をみんなひつくり返して、相手の前から立ちあがつて、室の外へ、戸外へ、誰も知つた人間のいない所へ、できれば人間なんかのいない所へ行つてしまいたくなる。
 とくに、その相手がインテリゲンチャ、なかんずく作家だとか批評家の場合は、この現象が最も甚だしかつた。無理にがまんしていると、私の胸の中はおそろしくこぐらかつた。それだけにどうにも拂いのけることのできない憎惡のために、まつ黒にくすぶつてくるのであつた。
 だから、なるべく人に會わぬようにしていた。そして、たいがいの時間を、青い顏をして一人でボンヤリ坐つていた。遠い所を訪ねてきた人には氣の毒なような氣がしないことも無いが、しかし實を言うと、人の事などシミジミ氣の毒と思つたりする餘裕は無かつた。一番氣の毒なのは自分だつたのだ。
 それでいて、人を見ないでは、私は一日も居られない。二三日人に會わないでいると飢えたようになつてくる。遂に耐えきれなくなると、室を飛び出して街のあちこちをウロつき歩
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