行つても、貴島も佐々も居ないとあつては、無駄だ。……そう思いながら、しかし私は自分でも知らぬ間に、久保のうしろから歩いていた。默々として歩いて行く彼の姿の中に、變に人を引きつける催眠術みたいなものがある。そのくせ、彼は私の方を振り返りもしない。防空壕の所に歸りつくまで一言も言わなかつた。何か考えているようでもあるが、それが何の事であるか見當がつかない。
防空壕のある燒跡にくだつて行く坂道のへんから、あたりの暗さが急に濃くなつて、まるで墨の壺の中に入つて行くような氣がした。マーケット邊の灯の光に馴れた目が、特にそう感じることもあるかも知れないが、それを拔きにしても、その晩の闇は特に濃かつたようだ。
石垣の所まで來ると、先ほどの男が又出て來て「やあ、お歸んなさい」と久保に笑いかけてから私に向つて
「さつきはすみませんでした。あたしは、黒田んとこの杉田と言いまして……杉田の杉で、一本杉と言われていますけどね、ズーッとこの、貴島の兄きに附いております」
挨拶のしようも無いので、ただうなずいていると、久保を振りかえつて
「今、そこいらで、變な奴に逢わなかつたかね?」
「うん? いや逢わない。どんな――?」
「いや、國友の方じや無い。私服の刑事かなんかだ。このへんを二三囘ウロウロして見てまわつていたようだつたが、今、そこの角を曲つて行つてしまつた」
「ふうん…………」
「……毎晩ここいらにやつて來る國友の奴等のことを、ドロボウか何かだと思つて、誰か此處いらに住んでいる人間が、サツにそう言つて行きでもしたんじやないかね? 心當りはないかね?」
「無い」
「そうか……」杉田はチョッと考えていたが
「まあいいや。どつちせ、大した事は無かろう。何か食う物、買つて來てくれたかね? なんせ、三四時間立ちどおしで、腹ペコペコだ。おどろいたよ!」
「買つて來た。食おう」
久保は防空壕の方へおりて行く。私と杉田もそれに續いた。壕の中からはボンヤリしたロウソクの光が差していた。私たち三人が狹い入口をおりて行くと、その光にユラリと影を動かして、寢そべつていた男が一人、起きあがつた。
貴島勉であつた。
そこに貴島が居ようとは思つていなかつた。それなら、そうと言つてくれればよいのにと、あらためて久保を見ても、久保は何事も無かつたような顏をして、買つて來た食料品の始末をはじめている。氣がついて
前へ
次へ
全194ページ中98ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング