ん。今度眼が覺めてみるとまだ夜中で、あたりは眞暗なんですが、氣がつくと、ピチャピチャと水の音がするんです。すかして見ると、貴島とルリの乘つている小舟が、眞黒な水の上でゆつくり、ガボガボと左右に搖れているじやありませんか。どうしたんだろうと思つてそれを見ている中に、僕はあの美しいルリの身體を思い出したんです。それが貴島の身體とガッシリと組み合つているんですな。ダァとなりましたね。やりきれん氣がしたなあ。ピチャピチャという水の音が妙なる音樂になつた。リズムでさあ。ヒヤァ、まつたくです。僕はこの、實演も二三度この、なにした事があるんだけど、その舟がですね、暗い波の中でガブガブとゆれているのを見ている時に僕が感じた肉體にくらべりや、屁のようなもんでしたね。ヘヘヘ。とに角しみじみ聞かされちやつた。うなされたようにウトウトして、それから夜が明けました。向うの船に渡つて見たら貴島もルリもまだ寢ていましたが、どういうのか二人とも着のみ着のままで三疊敷位の胴の間の向うの隅とこつちの隅にコチンと轉がつているんです。起き出した貴島の右の手の平がひつかき傷だらけで血をふいているんですよ。後で聞いたら口論最中にルリからピンで突かれたそうです。ルリはまだ怒つた顏をしていましたがしばらくしてプイと立つて小舟を次ぎ次ぎと渡つて何處かへ行つてしまいました。何が何やらさつぱりわかりやあしませんよ。その晩どんな事があつたのやらわかりやしません。貴島に聞いても要領を得んのです。どうでもいいでさあそんな事。ヘッ! これから僕は久保の會社へ行くんです。爭議がひどい事になつているんですよ。や!」言うなり佐々はスッと玄關を出て行つた。
 佐々の話に私は解説を附ける事はしない。と言うよりも私には出來ない。彼の話がどの程度まで本當であるか否かも私にはわからなかつた。それをユックリせんさくしている餘裕も實は私になかつた。
 というのはすぐその次の日の早朝、國友大助がヒョッコリ私の前に現われたのである。

        22[#「22」は縦中横]

 氣がついて見ると、私は人が訪ねて來たことばかり書いている。曲《きよく》の無い話だと思うが、事實だから仕方が無い。私は「書齋の徒」だ。外に出れば、ただ裏町や場末や山野をウロつきまわつては、名も無い人たちと交るだけで、それもただ常識はずれの、おかしな、何の役にも立たぬことばか
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