此処にたどり着いた時の事だらう? そいつあ、あべこべだ。留公の方ぢや香代ちやんに助けられたと言つてたぜ。
より さう? 変ねえ。でも香代ちやんは[#「香代ちやんは」は底本では「香代ちゃんは」]さう言つたわよ。
辰造 そんな事どうでもいいよ。留の奴あ、どうしても、もう二千円近くの金は溜めてゐると俺あ睨んでゐるんだ。
より (眼を丸くして)二千円? 嘘う! いくらなんだつて、留さんが此処へ来たのが去年の秋で、今、四月だから、まだやつと、半年そこそこよ。いくら稼いだつて――。それに、そんなに金の有る人が、此の家へ来ても酒一滴飲まず、食べる物だつて一番安い物を、大概うどんよ、それも一日に二回しきや食べない事があるのに、まさかあ!
辰造 それなんだ! 食ふものも食はないで稼ぐ奴だ。それを利息を取つて人に貸す。近頃ぢや、仲間の連中に五十銭一円と日歩の金を貸し附けてゐるんだぜ。今日五十銭借りると明日十銭附けて六十銭返すんだ。なんて事あ無え、日歩二割ぢや無えか! みんな、うらみにうらんでゐるぜ。しかし、やつぱり苦しいもんだから借りちまうんだ。
志水 さう言へば、留吉あ、まだ、あがつて来ねえのかなあ。
より 今夜は残業だつて言つてたわよ。
志水 あゝ、さうだ、ありや金助と一緒だつた。
辰造 あいつは去年の秋此の町へ来た時に、いい加減金あ持つてゐたと俺あ睨んでゐるよ。渡り人足の我利々々な奴と来た日にや、煮ても焼いても食へねえ。ぺつ! 畜生、酒えまずくなつたい! 新らしいのを附けてくれ、より公。
志水 もういいよ、今夜あ、それで止せよ。
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(蔦屋の女主人のお磯――三十七八才――が奥から出て来る)
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辰造 いいよ、大事な晩だ、絶対に酔はねえ、もう一本だけだ。(より子、立つて行く)飲みでもしなきやたまるかい、ねえお神さん、さうだらう?
磯 いらつしやい。(笑つて)さうですよ。世間がかうセチがらく、せつぱ詰つて来るとね。
辰造 香代ちやんなあ、お神さん、ありや留の奴に惚れてるつてえのは、正直の所、本当かね?
磯 さあね。ウフフ、どうして?
辰造 どうつて訳あ無えけどね、せつかく香代ちやん程のいい女が、選りに選つて、あんなケダモノ野郎にさ――。しかも留の奴あ、知らん顔してゐるさうぢや無いか。
より やける? もしかすると、あんた香代ちやんにホの字ぢや
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