はなくて、ただ、単に世界や社会を説明する一つの知的用具として、それを採用しているのに過ぎないのかもしれない。
 それにしては、しかし、あなたの批判の言葉は、たいがいのばあい、本気すぎ熱烈すぎるようにも思いますが、でも私は、ホントはカトリック教を信じてもいないくせに、カトリックの神を持ちだして神罰のことを言って本気に熱烈に不良青年を叱っていた人を見たことがあります。もしそうだとするならば、このばあいなんの問題もありません。あなたがただ単なる一人のソフィストにすぎないらしいというだけのことです。
 ソフィストは、どこにでもたくさんいますから、とくに問題にする必要はありません。ソフィストはスカンクに似ていて、相手になっていじくっていると、こちらの手まで臭くなりますから、手を引っこめることに私はしています。

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 清水幾太郎様
 あなたは勇敢でしつような反戦論者であり、再軍備反対論者です。いくつかの論文で、あなたは反戦と再軍備のことを、いろいろの角度から論じられています。あなたの論旨と論のやり方とは精密で熱烈です。私はことごとく大賛成でありました。私も戦争および再軍備に反対の意見を持っているからです。私はたいへんよろこび、勇気づけられ、なるべく深く読みこもうと努力しました。すると、あなたの反対論と私などの反対論とのあいだに、根本的に違うところがあるらしいという気がしてきたのです。
 私自身の平和論や再軍備反対の意見はこれまでほうぼうに書きましたから、ここにくどくどしくは書きませんが、それは私の抱いている主義や学識などから生まれてきたものではなく、もっと本能的でそして常識的なものです。要約しますと、私はどんな名や理由のもとにだれによって行われる戦争にも反対であり、いつだれがだれにむかってするどのような種類と程度の軍備にも反対です。ところが、あなたのは、それとは少し違うような気がします。そうです。「気が」するという程度で、ハッキリどこがどう違うか私にはわからないし、言えない。しかしそれにもかかわらず私にとっては、これはどうでもよいことではありません。
 私にそういう気がするのは、たぶん、つぎの二つの理由のためらしいのです。第一は、あなたの反戦論と再軍備反対論が、あなたの反米論と表裏一体をなして展開されているため。第二は、前記のようにあなたがマルクシストまたは、マルクシズムの方法を、たぶんに採用なさっている人であるためです。もちろんこの二つの理由は相互にからみあっていて切りはなしては考えられません。
 第一のことを説明します。日本は独立を回復したが、しかしその独立は条件つきのもので、アメリカとのあいだには安保条約があり、日本内地には強力な、数多くのアメリカ軍事基地がある。ということは、現実的に日本はある程度までアメリカの軍事力の下にあるということだし、同時に日本が再軍備されたうえで、アメリカまたはアメリカをふくむ自由主義諸国が、他の国へむかって、もし戦争をはじめることになれば、たぶん自然に、日本はそちら側の戦力に組みこまれることになろうということです。だから、戦争や再軍備に反対しようとする者は、実際上では、アメリカおよびアメリカの日本支配に反対せざるをえないわけです。そういう反対者もたくさんいます。私もその一人です。
 ところが、それとは違った反対も多いようです。どう違うかというと、ちょうど右を逆にした反対者です。アメリカまたはアメリカ資本主義またはアメリカ帝国主義(と彼らのいうもの)などに反対したいために、そのアメリカのイニシアチブのもとに、遂行されるかもしれない戦争と戦争準備のいっさいに反対するという反対者です。いうまでもなく、そういう反対者は、反米的イデオローグに多い。別の言葉で言うと、ソビエット圏諸国の側に立つ者です。マルクシスト、共産党員、共産党同調者などのほとんど全部がそうだと思います。
 この人たちにとっては、自由主義諸国、なかにもそれらを主導しているアメリカのすることなすことのたいがいが気に入らない。もちろん、なかでも、その軍事力が気に入らない。それはある意味で当然です。この人たちにとっては、戦争自体がイヤというよりも、また、そういうことの手まえで、今後起りうる戦争で、アメリカが、ソビエット圏諸国を攻撃したり打ち負かすことがイヤらしいのです。そして、あなたも、そのような反対者の一人に私に見えます。そして、そのことは第二の理由としてあげたあなたが、マルクシストまたはマルクシズムの採用者であることと強いつながりがあると思います。
 そして、想像します。敗戦と同時に日本を占領したのが、もしアメリカ軍でなくてソビエット軍だったら、どうだったろうと。まえの種類の反対者はどうしたであろうか? あとの種類の反対者はどうした
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