れば幾分でも事が成ると思われたのか? どうです? 聞きたいのは、それだ。
井上 ……。
兵藤 フン。……(不愉快そうに立上って、縁側へ出て、刀を杖にして、黙って夜空を見上げる。吉村がハハハと笑う。兵藤と吉村を等分に睨んでいる井上。――間)……甚伍左、尊公にはたしか娘ごがいた筈、どうしているか?
甚伍 (兵藤がとてつもないことをいい出したので、井上と吉村に気がねをして)へい、まあ無事に……と申したいが、どうしていますか、ハハハ(と無意味に笑いながら目では吉村と井上の方を警戒している)
兵藤 ……ああ暗い。暗い空だ。……(チョイと間を置いて、立ったまま振り返りもしないで不意に鋭い声で)井上、先程からの貴公のいうこと、筑波の加多源次郎なども同じ意見か?
井上 (何か別のことに気をとられて殆ど上の空で)さよう! それが何としたのだ!
兵藤 乳臭児、救えぬ!
井上 なにっ!
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(間――変なふうに緊迫した空気。井上がジリッと片膝を立てる)
(左手のくぐり戸が開いて、外廻りを警固していた士の甲が入ってくる。後に同じ乙が続いて。一座の様子が変なので甲乙ともにギョッとしたようなふうだが、すぐ平常に戻る)
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甚伍 (少しホッとして)ご両士とも、ご苦労様で。どうでござんす?
士甲 何ともござらぬ。三、四の通行者があっただけです。(乙に)長田さん先程の若い女は?
士乙 大事なかろう。坂の方から一度と原の方に一度見かけたが、此方がその気で見るからこの辺ばかりウロウロしているようにも思えるが、何しろ薩州屋敷が近い。誰かにあいに来たものか、茶屋小屋の掛け取りか、ことに依ればつけ馬かな。ハハ、そういえば、夜目でよくわからんが、まず仲居といった風俗。(兵藤に)先生、もうお済みですか?
兵藤 もう暫く外にいて貰いたい。
甚伍 ええ、私がお引合せをしておいてこんなことを申すのもいかがなものですが、これが今夜かぎりの話ではねえ、明日という日もあります。また、近日皆さんお話合い下さるとして、今夜のところは、これぐらいで……。
兵藤 うむ……。(ジロリと井上を見る。井上はどうしたのか黙って何かに気を取られている様子)
吉村 さよう。……少し気長に話し合えばよいのだ。(士甲に)しかし、とにかく、もう少し外を。
士甲 は。しかし万々心配はありませんが?
吉村 わしはよいが、兵藤氏が居られる。無駄となればこの上なし。頼む。
士乙 承知いたしました。(甲に)行こう。(乙は皆に一礼して再びくぐり戸の方へ行き消える。――間。一座が緊張したまま白け渡る。士甲は不安そうに座敷の四人を見ている……)
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(出て行った乙が二重になった塀の外のくぐり戸を開けて出たと思われる頃、その方で突然抜打ちに斬りつけたらしいガブッという音と同時に誰が斬られたのかワッと叫ぶ声。あとチョイとシーンとしてから、内側のくぐり戸に外からドシンと物が当ってパッと開き、左肩の辺を斬りつけられているらしい士乙が四、五歩ヒョロヒョロ飛込んで来るなり、真青な顔を引きつらせるようにして皆に向って何か警告をいおうとするが、口が開くだけで声は言葉にならぬ。オッ! と叫ぶ士甲。乙は抜いて持っている刀で塀外の方を指し示すような身振りをして、身体を支え切れず前へしゃがみ込むような具合に植込みの方へ倒れてしまう。瞬間五人は開いたままのくぐり戸から誰か躍り出して来るかと、息を止めて見詰めるが、外はシーンと静まり返っている。甲が目が醒めたようになり刀を抜いて小走りにくぐり戸の方へ行き、チョッと外を覗いて気をくばって出て行く)
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兵藤 長田、注意して! 相手は塀の右手!
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(甚伍左が縁側を飛下りて倒れた乙を介抱に行く)
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甚伍 しっかりなすって! ウム、こりゃ。……
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(と同時に再び外で前同様の響きと叫び。今度は一、二合刀を合せたらしいが、斬られたのは士甲らしい)
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甲の声 ツ、ツ、皆さん、早く逃れてください。逃げて! (といいざま第一の塀と第二の塀の間で倒れたらしい音)
甚伍 よしっ! (叫んでくぐり戸を外へ出て行く)
兵藤 こら甚伍左! 待て、危ない! 待てっ! (瞬間いまにも塀外で甚伍左か刺客かの悲鳴があがることを予期した緊張。しかし塀外は静かで、何者かを追うてでも行くらしい甚伍左の足音だけが聞える。三人とも、いつの間にか刀をシッカリと握っている)
吉村 (兵藤を睨んで)これは?
兵藤 いや左様なことはない! 長州の人間ではない! これは……。(井上をグッと睨んでいる)
井上 フン。……兵藤氏、貴公、乳臭児といわれたな?
兵藤 いったが、如何した?
井上 こ
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