いはじめる。怒鳴るように吟じつつ。加多は一度ニッコリしてから、黙ってそれを見ている)……ウムッ! 天地正大気。粋然鍾神州、エイッ! 秀為富士嶽。巍々聳千秋。注為大瀛水。洋々環八州。発為万朶桜。衆芳難与儔。凝為百錬鉄。鋭利可断※[#「鶩」の「鳥」に代えて「金」、第3水準1−93−30]。蓋臣皆熊罷。武夫尽好仇。神州誰君臨。万古仰天皇。皇風洽六合。オオッ! 明徳……(遠くの山中で人の叫び声らしきもの別々に二ヵ所で起り消える。今井はそれに気づかず尚舞う)
加多 (立ち上って耳を澄して)……今井君、止めたまえ。
今井 は? (加多が何故にとどめるかわからず、余勢でまた刀を振っている)何ですか?
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(チョットした間。――再び以前よりは近いところ――といってもまだそれが人の声であることがヤットわかる位に[#「ヤットわかる位に」は底本では「ヤットかわる位に」]離れているが――で、叫び交す人声二、三カ所で。ギクッとする今井。更に遥かにドウドウドウと急調の太鼓の響。もっと遠くで法螺貝の響きらしい音もしている。……加多、今井と眼と眼を見合わせながらジーッと立っていた後、黙って地図を懐中に入れ、刀の下緒を取り口に咬え、たすきをしはじめる)
[#ここで字下げ終わり]
今井 ……(加多を見詰めてこれも身仕度をしながら)では?
加多 ……ウム。
今井 (焚火を踏消しにかかりながら)斬りますか?
加多 仕方があるまいなあ。別れ別れになったら十三塚、小幡へ抜けて柿岡へ出なさい。……いや火は消さんでよい、この闇だ、他からもすでに見えている。……おお静かになったが……此処はもう筑波の社領内だが、狂犬《やまいぬ》め、そんなことも考えておれなくなったと見える。
今井 しかし、それならば太鼓は?
加多 それさ……わからない。あるいは寺社奉行の方へ渡りをつけての上の話かとも思われるがそれ程の手廻しが利くかどうか。斬るにしても慎重に! (ツッと炭焼竈の釜口の凹みに身を寄せて尾根――花道――の方を見詰める)
今井 承知しました! (先刻自分の乗った岩の蔭に身を添えて峠道――自分達の出て来た右袖奥――を睨んで息をひそめる。三度間近に起る人の叫声「逃すなっ!」「ぶった斬ってしまえ!」「やい! やい! やい!」「おーい、そっちだあ!」等。ガサガサガサと木や草を掻き分けて近づく足音。遠くの太鼓の響、
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