下げ終わり]
声 ……(中音に吟じながら)君不[#レ]見漢家山東二百州、千村万落生[#二]刑杞[#一]、縦[#(ヒ)]有[#三]健婦[#(ノ)]把[#(ル)][#二]耕犂[#一]、禾《クワ》生[#二]滝畝《ロウボウ》[#一]無[#二]東西[#一]……。まっと、のしなはい、今井君。提灯持ちが後から来たんじゃ、問題にならん。地図どころか第一、羅針盤の針が見えんですぞ! (といいながら出て来て、下からの光の輪の中に立ち、手に持った地図を覗いている士は、身装こそ少し変っているが、第一場に出て来た加多源次郎である)
声 ひどいですなあこの道、加多さん! これで五斤砲が通りますかなあ!
加多 砲といえばいつまでも五斤がとこの物だと思うていられるのか? 青銅元込めで二十斤五台ぐらいは引つぱり上げる予定ですぞ。出来ているのです。ハハハ、野戦の法に、道は尺を以て足れりとしてある。通りかねるのはあんたの足だろう。弱過ぎるのだ。
今井 (フーフーいいながら龕燈を提げて出て来る。旅装の士)いやあどうも。これでも馴れれば楽になるでしょうが。
加多 (光の中で地図を覗いている)ええと、これだとすれば、この見当として北西北。……ウム。(仰いで)星は? 見えぬか。いや見える。天頂より未申《ひつじさる》、稍々|酉《とり》に寄るフン……と? よし、これだな。今井君、そこの岩に登って下さい。たしかこの辺から真壁の町の燈が見える筈だ。
今井 (岩に登って)こうですか? この方角ですか? おお、見える! 殆ど真下です。
加多 それではその真壁の燈《あかり》を正面に見ながら両肩を向けて左腕を正しく横に上げて下さい。そう。それでいいかな? 正しい? よし、(と今井の左腕の方向と地図と盤とを見較べている)……。
今井 (そのままの姿勢で)玉造文武館の諸兄は昨日の午《うま》の刻頃進発したのですから、既にいまごろは岩瀬から真壁近在に来ている訳ですなあ? (加多が返事をしないので)……行われずんば断《だん》あるのみと言っていたが、別に火も見えないし。……此処から見下せば平和に眠った町だ。
加多 (地図の研究を終り、今井の言葉尻を小耳に入れて)なに、平和?
今井 いいえ、此処から見れば、そう見えるというのです。もうよろしいか?
加多 ご苦労、もうよい。(今井岩を降りる)そうだ。実は動いている。それを動いていると見るのも
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