いけませんよ、大概なり[#「なり」に傍点]を見てもわかりそうなもんだ。
お妙 それなればここを通して下せまし。町に用事があります。
長五 わかっていまさ、先刻から見ていりゃ、一揆の連れの衆らしいが、あの町の騒ぎが聞こえねえ訳じゃあるめえ、丁度ワイワイ連中のぶちこわしの最中にぶっつかって、お前等の連れの百姓衆まで一緒に巻き込まれた様子だ。それに町方あたりでも手を出したらしいて。あの騒ぎの中に割って入りゃ、見りゃ子供衆で、ひどい怪我をするのは知れたこと、悪くすれば踏殺される。
お妙 色々ご存じのようですから、おかくしはしませぬ。何処のお方か存じませぬが、私共は南の方植木村ほか三村の者、この町で他の村の衆と一緒になって江戸へお願いにあがるのでござります。私達が早く行かなければ皆様が此処から立てぬようなしめし[#「しめし」に傍点]合わせになっておりまする。どんな苦しみ怪我を受けるくらい、たとえ踏殺されても、それは村を出る時からの覚悟、三百人の中、百人二百人と殺されても、江戸までは行きまする。
長五 (呆れてしまい暫く無言で相手を見ていた後で急に笑い出す)アハハハ、いや、まだ十八か十九、取ってはたちとはなんなさるまいが、綺麗な顔をしている癖に恐しい事をいいなさる。しかしそいつは短気というものだ。江戸へ願いに行くというのも、どうせ百姓衆のことだから石代貢租のことだろうが、それにしてからが、ウヌが命が惜しいからだ。
お妙 ……村にいても食べて行けませぬ。一寸刻みに殺されているのでございます。覚悟はチャンとしておりますること故、黙って通してくだせまし。
長五 ……ウーム。そうか。じゃ、ま、何もいわねえ、お行きなせえ。(お妙等一同ゾロゾロ町の方へ去り行く。見送っている長五。見ると仙太郎は縁台の横の地面へ膝を突いて、片手を突き、下を向いている)……驚いたなあ、百姓の娘でも、ああなるのか。顔も恐しい別嬪だが、ゾッとするようなキップだ、のう兄き……。どうしたんだ、坐りこんじまって? どうした、気合いでも悪いのか?
仙太 ……ウム。……長五、見ろ。
長五 何だえ?
仙太 俺あ、うれしくって、ありがたくって、ならねぇんだ。あれが百姓だぞ! あれが百姓だ! 俺あ久しぶりに、ホントに久しぶりに涙が出て来た。
長五 なあんだ、ビックリさせちゃいけねえ。だとて何も後姿を拝むことあ、ありはしねえ。
仙太
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