に鼻毛読ませの、ヨダレをくっているなんざあ、見られた図じゃねえ。まずおいて置け。
長五 しかし女は買わず酒は飲まずの渡世人というのも珍しかろうぜ。兄きあよっぽどの唐変木だ。こんな男にお蔦ともあろう女が首ったけとは、わからねえ話だ。男ひでりがしやあしめえし[#「しやあしめえし」は底本では「しゃあしめえし」]。へん、おうべらぼうな。下手をしていりゃ、お蔦さん追いかけて来そうだった。
仙太 お蔦のことあ口にしねえ約束だったぜ、長五。先は芸者だ。惚れたふりをするのが商売だ。いいや、もういってくれるな。俺あ唐変木だが、そしてお前が二本棒か。ハハハ。(二人歩く。遠くを望んで)ああ筑波が見える。(七三に)
長五 それじゃ兄き、お前どうあっても真壁に帰る気か?
仙太 くでえ。四年が間今日の日のことばかり待ち暮した俺だ。久しくあわねえ兄を捜した上で田畑を買い戻し、俺あ百姓になるのだ。
長五 一旦渡世に入った者が足を洗って商人や職人になるためしはあるが、百姓になろうとは酔興が過ぎらあ。幾度もいうようだがお笑い草だろうぜ。第一出来ねえ相談だ。
仙太 お笑い草になる積りだ。出来るか出来ねえか見ているがよい。俺あもともと百姓だ。
長五 その百姓になろうという奴が全体、三年も四年も何のためにヤットウを習って目録以上なんてぇとんでもねえ腕になった? 百姓に剣術が要るのか、兄きの前だが?
仙太 俺あ、その時々に自分のやることあ、トコトンまでやらねえと承知出来ねえ性分だ。それだけの話よ。
長五 アハハ、じゃまあやって見な。権兵衛が種蒔いて烏がほじくるってね。こんなテンヤワンヤのご時世が見えねえ訳でもあるめえに。ウンウン田畑を作る者がある。出来た物あソックリ取上げる者がある。二本差して懐手、ソックリ返った烏がな。(仙太返事をせずに下を向いている)まず権兵衛殿、阿呆面にクソでもひっかけられねえ用心でもしなよ、へへへ。
仙太 くらやみの、てめえ……。
長五 と、と! 凄え眼をするなよ。あやまった。物騒な男だ。口が過ぎた。
仙太 (寂しそうに)ハハハ、まあいい。ところで俺あ真壁に行く前にお礼に寄るところがある。利根の甚伍左親方。そして、翌日からスッパリとドスを捨てる。じゃあ此処でお別れだ。てめえ何方へ行くんだ?
長五 待ってくれ。(懐中からサイを出してひねり)半と出りゃ鹿島、丁と出りゃ筑波の賭場だ。一遍こっ
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