。静かである。右奥遠くで微かに人々の罵り騒ぐ声々。稲の中から立ち上る滝三)
[#ここで字下げ終わり]
滝三 (右奥遠くを眺めながら)……お父う、何だか変だ。……(誰も返事をしないので)お父う、んじゃ、鎮守さんへ行くのか?
仙太 (声だけ)うむ、そうしべえ。
滝三 普門院へも皆で行ぐのか?
仙太の声 あれは、俺一人でもよかろうて。(水の音)
段六の声 滝、あによ突立っているや? (いわれて滝三もしゃがみ込む。三人の泥掻きの水音。静かだ。――永い間。
[#ここから3字下げ]
段六が手を動かしながら、ヒョイと唄い出す田植唄。ドーマ声。自分では唄の積りなのだが、抑揚があまりないので、トボケて聞える。『はあああ……腰のう、痛さあよう、……五反田のう、長さあああ……』突然右奥遠くで何かが爆発する、えらい響。バーン、バーン、バリバリときこえる)
[#ここで字下げ終わり]
滝三 おおっ! (思わず立つ。段六も仙太郎も手を動かすのを止めたらしい。やがて二人とも立ち上る)
段六 こら、仙太公! 俺の前に掻いている奴が、いきなりへ[#「へ」に傍点]をひ[#「ひ」に傍点]るとは、こん野郎!
仙太 ……うん、アハハ(段六の耳へ口を持って行き)段六公! 今年の芋は、まったくできのええ芋だてことよ!
段六 野郎め! アハハハハ、こら! アハハ、やれどっこいしょ。(再びしゃがみこむ。)
仙太 アハハハ。何をするやら。滝! (これもしゃがむ。段六の唄の続き『……夏のうう、……土用ううのう、……日のう、長がさあああ……』
[#ここから3字下げ]
(滝三も仕方なくしゃがんで働きはじめる。
永い間。
静寂。水の音)
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き](幕)
[#地付き](一九三三年)
底本:「叢書名著の復興1 恐怖の季節」ぺりかん社
1966(昭和41)年12月1日第1刷発行
初出:「斬られの仙太」ナウカ社
1934(昭和9年)4月
※ト書きの字下げの不統一は、底本通りにしました。
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年9月4日作成
2010年2月4日修正
青空文庫作成ファイル:
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