から椀に粥をよそっては菜も添えずにガツガツ食っている。子供の滝三はイロリの左側、仙太と向い合ったところにチョコナンとして坐らされてマジマジしているが、この異様な空気に泣きべそをかきそうにしている。――永い無言。
[#ここで字下げ終わり]
常盤津節、巽八景(お蔦、爪弾きで唄う。場合により唄は下座にしてもよし)
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]大江戸とならぬ昔の武蔵野の、尾花や招き寄せたりし、張りと意きじの深川や、(この辺までは幕の開くまでに済んで)縁《えに》しも永き永代の、帰帆はいきな送り舟その爪弾きの糸による、情に身さえ入相の、後朝《きぬぎぬ》ならぬ山鐘も、ごんとつくだの辻占に、燃ゆるほむらの篝火や……」
[#ここで字下げ終わり]
今井 (粥を呑み込みながら)それでは、どうあっても、行かぬというのだな、仙太?
仙太 ……。(聞こえたか聞こえぬのか返事も、身じろぎもせぬ)
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]せめて恨みて玉章《たまづさ》と、薄墨に書く雁の文字、女子の念も通し矢の、届いていまは張り弱く、いつか二人が仲の町に、しつぽりぬるる夜の雨……」
[#ここで字下げ終わり]
仙太 (ひとり言のように)……とうどう、それじゃ、長五郎も抜刀隊にやられたか。……長五郎が。
今井 真壁の仙太郎の命を貰いに来た、俺あ上州無宿のくらやみの長五郎と、チャンと名乗って突っかかって来たのだから相違はない。いつもなら、そうはいっても、無宿者の一人や二人、いくら気は立っていても斬りはすまい。が、何しろ小川以来の難戦苦戦だ、大砲《おおづつ》小筒で追い打ちをかけられている最中だ、そこへからんで来たので、うるさくなって、やったらしい。死んだか生きたか、見とどけた者はいないのよ。……いやこんなこと幾度いっても、何になるか? それよりも湊へ行くかどうか、仙太郎?
仙太 くでえ、俺あ行かぬ。
今井 どうせ負け戦だと見切りをつけたのか? ……裏切者だ!
仙太 何とでもいうがいい。
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]堅い石場の約束に、話は積る雪の肌、とけて嬉しき胸の雲、吹払うたる晴嵐は、しん新地じゃないかいな……」
[#ここで字下げ終わり]
今井 同志の誓いよりは女の方が大事か。お前がこんなところに来てもう半月の余もブラブラしているのが何の
前へ
次へ
全130ページ中94ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング