気は進んじゃいなかったもの……。
仙太 いうか!
お蔦 ……いうなといえばいやあしない。したが話がさ、あたしが、何故にこんなことをいうのか、お前さん百も承知だものを。ちっとは察しておくれよ。
仙太 (矢張仰向いたままで)お前も度胸がよくなった。
お蔦 あいさ、もとはこんな女じゃなかった。……御朱印外も常陸の方の生まれは生まれだけど、小さい時からの深川育ち、もともとこんなにシダラがなくはない。意気も張りも無くなったのは何のためだ? ……去年の暮の、お前さんが百姓になるんだと云って江戸を打立ったときにだって、百姓暮しで結構だと言ってさ、少しばかりあった稼業のかかりの肩を抜いてまで、一緒に連れて行って貰うのを楽しみに待っていたのを振切って、お前は一人で行ってしまった。……ヒョックリ戻っておくれだと思えば、今度は斬ったの斬られたのの沙汰ばかり……。
(短い間)
仙太 ……それかも知れねえ。
お蔦 え? なにが?
仙太 デク人形がだ。……親方は何とか言ったっけ?
お蔦 しっかりしておくれよ。……いまだって私あ、いまだって私あ……。
仙太 ……お前にゃ済まねえ。
お蔦 すぐに、済まないとお言いだ。私あ、そんな、そんな、詫びてなんぞ貰いたくはない……。
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(永い間)
(仙太郎、ムックリ起きる。少し顔が青い。そのまま立上って、少しキョトキョトするような気味でその辺を見ていた末、何と思ったのか畳を歩いて縁を庭へ降りスタスタくぐり戸の方へ)
[#ここで字下げ終わり]
お蔦 仙さん、どこへ行くんだよ?
仙太 ウ? (といってチョイと振返るが、お蔦の姿が目に入らないような表情で再びスタスタくぐり戸をくぐつて外へ)
お蔦 ま、待って、仙さん! 待っておくれよ、まあ、邪慳な(と、自分も行こうとして、柱に打込んだままになっている仙太郎の刀を認めて、それをこじ上げるようにして抜いて)これを置きっ放しにしてさ。……ま、待っておくれってば! 仙さん、どこへ行くんだよ、私も一緒に連れてってくれ、仙さん! 仙さん! (と、抜身を袖で蔽うように抱えて、すそをキッとはしょって小走りに仙太郎の後を追って消える。――舞台空虚のまま暫く間……)[#地付き](幕)
[#改段]
7 花道だけで
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前場の幕が降りるとすぐ起る夏祭の囃子鳴物、それに混って遠くで多人数のワ
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