といわれるならば、仕方なし、拙者がお相手になる。(暴徒等默して動かず。今井、ユックリと道中半合羽を脱ぎ仕度をする。半合羽を脱いだのを見ると、捕手を斬り抜けてでもきたのか、白っぽい着物のわきから袴へかけて、多少の返り血、左二の腕にかすり傷でも負うたらしく、着物の上から手拭でキュッとしばっている。その手拭にも少し赤いものがにじんでいる。今井の態度が静かに落着いているだけにこの姿はギョッとする程の印象を与える。今井、大刀の束《つか》に左手だけを掛けて、無言で暴徒等を見渡す。……間。すでに気を呑まれてしまっていた暴徒達、何もいわずスゴスゴ歩んで戸口から出て行く。)
今井 (それを見送りおわり、息を呑んで静まり返っている避難民、お妙、段六などをつぎつぎに見た後)……前申した通り、甚伍左氏のご住居だな? (お妙に)御令嬢ですなあ。
お妙 ……ど、どうもありがとう存じ……はい、さようでございますが、そして、あなたさまは?
今井 利根さんにまだご面識は得ておりませんが、玉造文武の今井という者です。利根さんのお在りかを承りたい。
お妙 では父は筑波には居ないのでございますか?
今井 フーム、すると?
お妙 もう随分永らく戻っては参りません。
今井 しかし大体の見当はおありでしょう? 京とか、江戸とか、水戸あるいは中国九州筋か。
お妙 父のいるところならば、私の方からおたずねしたいのでござります。
今井 それは信じられぬ。……ともあれ、此処へ戻ってこられるまで、いや、せめて大凡の見当のわかるまでここで待たせていただきます。
お妙 どうぞご随意に……。しかしなぜまたそのように?
今井 いや拙者はよく知らぬ。利根氏を迎えて来いと命じられたまでです。ご免。(と上りがまちに腰をおろす。土間の隅の避難民達「ありがとうごぜました、どうもはあ」「ありがとうごぜました」「嬢さま、まあだ納屋をお借りいたしやす」等いって、怖々戸口から外を覗いてからゾロゾロ出て行く。万事こんなことはチョイチョイあるらしい取りなし。お妙無言でそれに会釈する――間)
お妙 父の身に変った事でも……?
今井 さあ……。
お妙 どうぞお願いです。聞かせて下さいませ。
今井 さあ……。とにかく拙者の知っていることは利根氏が何か面白くないことをなすっているとか、何でもそんなことです。会津の者、または水戸諸生組奸党の者がここへ来たことは
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