しかしその気がありさえすれば
駅のほとりの立ち話しのコンクリートの壁の片かげで
空襲でかけこんだ防空壕の奥の闇で
面会に行った兵営の隅の草のかげで
私をあの人にあげられなかった筈はない。
からだの奥でカッとなって燃えていて、
取ってちょうだい取ってちょうだいと
心が叫んでおりながら、
私自身がそれをそうだと気が附かなかった、
あの人もまた私に求めておりながら
それをそうだと気がつかず
それを取るスベを知らなかった、
そしては、やさしい深い良い眼をして
私のからだを包みこみ、
包みこまれて、私はブルブルふるえていたっきり。

そうだ! あげなければならない人にはあげないで
この通り、与えたくもない人に与えてる!
自分の真珠を王子さまにはあげなかった小娘が
あとになって、そこらの豚に手当りしだいに投げてやってる。
おわかりになりますか? なりますね?
こうして此処に立っている私はなんでしょう?
やめろ!
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(同時に音楽パタリと中断。美沙、再び椅子に行き、自分をおさえるように腰をかけ、片手をあげて、熱した額と両眼をしばらくおさえている。盛りあがった白い胸が大きく息づき、額にあげた片腕の、わきの下のくぼみの黒さ。……間。……白い塑像は動かない。やがて、フッと片手を眼からおろす。泣いているかと思えたが、あげた顔はえんぜんと笑っている)
[#ここで字下げ終わり]
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私としたことが、ツイのぼせあがってしまいました
泣いたり笑ったりの合いの手を入れていたのでは
話のヒる時はございません
バタバタと、形容ぬきの電報式に申しましょう
[#ここから3字下げ]
(酒をつぎ、カプッと一口に飲みほして)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
ほっ! ごめんあそばせ。

私は、南の国の小さな城下町の生れです。
裁判所につとめていた父を早く失い
旧藩士の家から出た母のもとで一人の兄といっしょに育ちました。
兄は、たいへんまじめな、きつい性質で
学生時代に左翼の運動に熱中し、
ケイサツにつかまって二年の刑を受けて、
出て来た時はスッカリ胸を悪くしていて
それから三年寝て暮した末に
戦争がはじまって間もなく死にました。
兄は私を、しんから、かわいがってくれました
それも普通のかわいがり方ではありませ
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