ざるを得ない、
君の兄さんなどもズッと元気でやっていたら必らずここへ来ていただろう」
そうおっしゃるのです
文章にも書いて発表なさいました
そんなような論文などがいっぱい現われた中でも、
先生の論文は明確で、力強く、信念に満ちて、光っていたのです

先生の文章や講演は非常に影響力を持っていて[#「持っていて」は底本では「持っいて」]
中にも若い人々の間に崇拝する人が多く
先生を中心にして研究会が出来ていて
弟の徹男さんもその会員の一人だし
私もその一人のように扱われていました
兄がそんな事を私に教えてくれなかったのは
田舎で寝ている間に兄がおくれてしまったのだ
それを先生たちが育て上げ前進させている
その道を私が進むことは
つまり兄の考えを受けつぎ、兄の分までいっしょに
生かして行くことになるのだ
兄さん、今に見てちょうだい!
そう思い燃え立ちながら
むさぼるように勉強したのです
時代の波の激しさも私たちを打ち叩きして
それは唯の勉強というには余りにひたむきな
身体ごとのぶっつかり方でした
国の内では二・二六の後波があちこちにゆれ動き
高まったり低まったり激したり沈んだりして
国全体は軍国主義一方の道をズンズン歩いていながら
革命の気分もたしかに有りました
国の外からは、聯合国が経済封鎖のアミを
次第次第にちぢめて来る
ヒットラアのドイツとソビエト・ロシアが同盟をむすぶ
「複雑怪奇」と言われた時代で
あれとこれとが、こんぐらかり
それとあれとが入れまじって
めまぐるしく移り変っていた。
内も外も、なんとかしなければ
もうどうにもやって行けない所まで来ていながら
さて、なんとも出来ない壁の前で
もがき苦しみ、狂い騒いで
左翼の理論の地盤から右翼の結論が生れたり
右翼国体の指導者が左翼出身者だったり
世界が狂えば人も狂う

愚かといえば愚かです
しかし、誰が愚かでなかったでしょう?
田舎出の二十にならぬ娘でした
理解はせずに、ただ飲みこんだのです
私が悪い
私に責任があります
しかし、私の何が悪いのでしょうか?
私にどんな責任がありますか?
では山田先生が悪いのか?
しかし先生に悪意はありません
先生は誠実に、本気になって
自分の信じている所を私につぎこんだだけです

そうです、山田先生は転向者でした
兄と同じ頃につかまって、おどかされて
あやまって出て来てから
はじめ
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