に、のみこんだのです、
とにかく私はガツガツと
ただガツガツと、それがなんだか自分では知らないで
尊敬する先生の言葉をのみこみました。

先生はホントにえらい人でした
奥さんも立派なインテリで
明るい、積極的な、世話好きな方でした
二人のお子さんも身体がすこし弱くて、わがままだけど
陽気なお子たちです
先生の弟の徹男という方は
大学から帰ると、直ぐに自分の書斉に入って、
めったに出て来ず、出て来ても、ほとんど口をきかず
いつも、何かをジッと見つめているような人でした。
それが家族の全部で
みんな私によくしてくださいます、
食費だけは九州から送ってくれるのを差し出します
実際は女中の仕事をさされていても
「緑川さん、緑川さん」と言って、
みんな、女中あつかいにはなさいません。
いえ、たといただの女中であっても
この家では普通の家でするように
呼び捨てにして見くだしてコキ使うことはしないでしょう
自由主義といいますか進歩的といいますか
家の中が自然にそうなっていました
明るい理智的な誠実な空気でした

私は先生一家を心から尊敬し愛しました
一家の空気の中で、私はホントに幸福でした
私は有頂天になって、兄にその事を書いてやりました
兄も非常によろこんで「進歩的で、理智的な人間は、
どんな時代に、どんな所に置かれても、
そこで許される最高の意味で、最大の形で
明るく前進するものだ。
山田さんは僕が信じていた通り、
真実の進歩的思想家です。
今、時代は悪い。
すべての事は一方へ一方へ歪められるばかりで
良いものは追いやられ、おさえふせられ
自由はほとんど残っていない。
今後ますますひどくなろう。
しかし絶望というものは、われわれの行く手には存在しない
仕事は、牢獄の中にだって有る。
それを忘れないように!
希望を持ちなさい、美沙子!
山田さんは今でも
皆、学生の先頭に立って、
われわれを導いてくれた山田さんだ。
お前は山田さんの所に居られて、幸福だ。
山田さんに教えてもらい、それを守り、見ならいなさい
そして懸命に学び、正直に考えなさい」

かわいそうに! かわいそうに!
死にかけながら、兄はそう思っていたのです。

私は兄の手紙を山田先生に見せました
先生はそれを読みおわって、しばらくだまっていてから、
メガネの奥の誠実な眼をすこし涙にうるませて、
しっかりしたバスの声で言
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