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少年 いや、おじさんから豆を貰ったんだからお礼の代りに、金は切符をもってきってやってからもらやいいよ。そいじゃ待ってな、ここ動いちゃ駄目だぜ。動くともう見つからなくなるからな。

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(言うなり、トットットットと駈け出して去る)

この時、同じ構内の別の行列のへんで、五六人の男女が口々に騒ぐ声。
かなり離れているので、はっきりとはしないが、「どうしたんだよ?」「こんな所でそんなことを言ってもしょうがねえじゃねえか!」「気が変になったんだい!」「怪我したな!」等々がやっと聞える。それらの声の中で、女の声が何か叫んでいるが、「お願いです、私は……」だけで、あとは言葉がはっきりしない。
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中年の男 (金吾の後に坐っていた)なんだ? どうしたんだい?(向うから歩いてきた人に問いかける)なんですかね、え?
若い男 (向うから歩いて来ながら)なあに、気の変になった女だ。
中年の男 まったく、こんなに家が焼けたり、人死が多いと、頭も変になるなあ。僕なんかもうどうにかなっちまいそうだ。ねえあんた。
金吾 そうでやすねえ。
若い男 なんでも、どっかで頭を打たれたか、胸の辺を怪我でもしたらしいや。
中年の男 ああ、いやだいやだ。

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その間に、少し静かになっていた向うの人立ちの間から、女の叫び声で、「私は野辺山へ行くんです! 切符を一枚下さい! 野辺山へ行くんですから、私に野辺山までの切符を一枚、お願いですから!」と言う声がきこえる。
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金吾 おっ!(叫んで、とび上り、そちらへ向って駈け出す。そのトットットットという靴音)あの――ちょっとごめんなして、ちょっと!
青年 (金吾から突きとばされて)何をしやがるんだ!
金吾 ちょっくらごめんなして!(人々をかきわけて、前へ進む)
春子 野辺山へ行くんです! お願いですから!(声もかれ、疲れはてて、喘ぎながら叫ぶ)
金吾 あ! は、は、春さん! 春さんだあねえか!
春子 え? どなた? ああ、き、き、金吾さん? あなた。金吾さん! ああ……(唸って、ガッカリして前のめりに倒れかかる)
金吾 春さん、しっかりして。俺だ、金吾でやす。しっかりして!(金吾の腕の中で気を失う春子。その背中にくくりつけられた赤ン坊の一郎が、眼を覚して、ウ、ウーン、ウ、ウーンとぐずる)
中年の女 (わきに居たのが)やれやれ、よかった! あんた、家の人ですかね? なんか、この人は胸を打ったかなんかで、ひどく弱っていますよ。あんた、しっかりしなさいよ、家の人が来てくれましたよ!
金吾 どうもありがとうございました。春さん、金吾だ、しっかりするんだ。
中年の女 この水を飲ましてあげなさいよ。
若い女 (わきに居たのが)赤ちゃんをほどいてやらないと無理だわ、どれどれ。(紐をほどいて、一郎を抱きとってやる。その一郎が「ウーム、ウーム」という声)
金吾 どうもありがとうございやす、どうも――(中年の女が渡してくれた水筒から、春子に水を飲ませながら)春さん、しっかりするんだ、金吾でやすよ。
春子 うーむ、うーむ!(唸る)
駅のアナウンス みなさん、高崎行の列車が間もなく出ますから、切符をお持ちの方は改札口に並んでくださーい、高崎行の列車が出ますから――
中年の女 あれっ、高崎行が出る。そいじゃあんたがた、大事にしてな。
金吾 (水筒を返しながら)へえ、どうもありがとうございやした、助かりやした。(その水筒を受けとって、中年の女はコトコトコトと走って去る)
金吾 (若い女に)どうもすまねえ、そいじゃその児を、おらが――
若い女 そうですか、どうか、あの、大事にね。(一郎を渡す)
金吾 どうもありがとうさん。(若い女が、これも小走りに去る。そこらの人々の騒ぎ、騒ぎの中に金吾が、春子を寝せたタタキのわきのリュックの上に一郎をそっと寝せてから)春さん! 春さん! わかりやすか? 俺だ、金吾だ。
春子 (やっと気がついて、弱い声で)ああ、金吾さん、どうしたの、ここ何処?
金吾 ここは上野の駅だ。
春子 あの、それで一郎は? 一郎はどうしたの?
金吾 坊やはちゃんとここで無事で寝てるだから心配しねえで。どうして春さん、こんな所にいやした? いや俺やな、あんた方を探しに、四、五日前に信州から出て来て、銀座へ行ったが誰もいねえし、そいから市川へ行ったり、保土ヶ谷へ行ったりしても、あんた居ねえしな、いくら探しても見つからねえもんで、とうどう、とにかく一度、信州に帰るべえと思ってね、そいでここに来て並んでたとこだ。
春子 そうお、どうもありがとう金吾さん。私はね、なんですか、さっぱりわからないけど、空襲が恐くって、そいで一郎に怪我をさしてはいけないと思ってね、そいで市
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