ェ近づいて来る。
それを聞きつけて再び待合所の方へ早足にもどって行く金吾のザクザクという足音――列車駅に入って来て停る。その物音と人声。
四五人の乗客がプラットフォームに降り立って足音をさせながら改札口に来て切符を渡して待合所を通りぬけて出て行くザワメキ。
[#ここで字下げ終わり]
乗客三(男) これ、乗越したんですがね、いくら払えばいいかね?
改札 精算は向うの窓へ行って。(言っている内に乗客たちの足音が消えて、そこへ近づいて来る女の靴音と下駄の音)
金吾 ああ、春子さま、こっちでやす!
春子 (近づいて来ながら)あら、金吾さん!(後ろを振返って)鶴や、荷物はそのままでいいから、嬢やに気をつけてね。
鶴 はい、はい。
春子 しばらく、金吾さん。
金吾 はあー……(呆然として相手を見つめて立つ)
春子 ずいぶんお待たせしたんじゃありません? いろいろナニしてて、汽車が二つもおくれてしまって。お元気?
金吾 はあ、その……
春子 ホホ、私の顔に何か附いてて?
金吾 いえ――
春子 これ鶴や。こちらが金吾さん。
鶴 おはつにお目にかかります。よろしく――
金吾 はい、どうぞ――あのう、お二人さまだけで?
春子 あ、そう。私たちだけ。主人は後で来るの。あのね、荷物が、あすこに二つあるんですけど。
金吾 承知しやした。わしが持って行きやすから、向うのあの馬車にお乗りなして。(と自分はプラットフォームに出て重いカバンを二つ運びに行く)
若い女一 (駅前を通りかかった土地の女。連れの女にヒソヒソ声で)わあ、ごらん竹ちゃん、きれいなシトだなあ。まるで花みてえだ!
若い女二 ほんとに! 華族さんかなんかかな? なんと言う洋服だろ、あれ?
若い女一 どこさ行くのかな? ああ、あの馬車に乗るだな。
春子 (待合所の外の砂利を踏んで馬車の方へ。鶴の下駄の音もそれにつづく。マイクは彼女たちを追う)……ああ、ゴム輪の馬車にしてくれたわね。ありがたいわ。以前みたいに普通のだったら、どうしようかと心配していたのよ。ガラガラやられると嬢のオツムに響きやしないかと思ってね。
鶴 さようでございますか。
春子 これなら大丈夫だわ。あら、よく寝入ってしまったわね?
鶴 ゆれるので、かえってお気持がいいのでしょうか?
春子 鶴やくたびれたでしょう、重くて。さ、乗りましょう。(馬車に乗る。ギイギイと音。そこへ、カバンを持って金吾が近づき、そのカバンを馬車の上にのせる。ガタンというその音)
春子 金吾さん、ゴム輪のにして下すったわね。ありがたいわ。
金吾 はい、いえ。……なるべく前の方の、その座ぶとん敷いたとこにおかけになって。ええと……(改って、お辞儀をして)……お帰りなさいやし。
春子 え、なあに?(と言ってから、相手のリチギにホロリとして)……はい、たゞ今、帰りました。(しかし直ぐにおかしくなって笑いを含みながら)いえね、向うから帰って来て直ぐおたよりしようと思いながら、ツイ今までごぶさたしていて。二年ぶりになりますかしら、こちらに来るの?
金吾 いえ、ちょうど三年になりやす。
春子 そんなになるかしら?
金吾 馬車あ、すぐに出しやすか?
春子 どうぞ。
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金吾が馬車のたずなをほどき、馭者台に乗りこむ音。
[#ここで字下げ終わり]
金吾 おおら!(馬のひずめの音と、馬具のどこかに取りつけた土鈴が微かに鳴って、ギイと馬車が動き出す)
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小さい町の子供たちが二三人でヤーイと呼ぶ声。犬がちょっと吠える。――(田舎の小駅を囲んだ小さい町並みの感じ)――やがて町並を出はずれて、馬はダク足に駆けはじめる。
[#ここで字下げ終わり]
春子 あら、以前よりはずいぶん早いわね。
[#ここから改行天付き、折り返して3字下げ]
音楽 (第一回の馬車行の所で使ったのと同じものを使う。たゞし、こゝでは、あの音楽を二つに切って二回に使ってよろし。音楽の間、セリフなし)
[#ここで字下げ終わり]
春子 ねえ金吾さん。
金吾 はい?
春子 あの方、その後お達者? そら、かわいそう――壮六さんと言った?
金吾 達者でやす。よろしく申し上げてくれろって、はあ。
春子 そう。……いいわねえ、この辺は。山も川も以前の通りだし、住んでいる人たちも変らない。東京へんの変りようと言ったら。フランスに居る頃から私、今年の春もどって来てからも、まるで、目がまわるみたいだったわ。やっと私、ここに来て見るものがチャント見えるの。なんだか生れ故郷にたどりついたような、ヤレヤレと言った気がするの。
金吾 そうでやすか。……
鶴 奥様のお生れになったのが北海道の山の中で、この辺とよく似た所だとかって伺っていますから、キットそう言った――
春子 そうね、そのせいか
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