みつけてやるべえと思つて
驛の所に立つていたら
男の人や女の人が
いつぺえ通つてよ
そん中に
父ちやんや母ちやんが
いるような氣もするし
いねえような氣もするし
おんなじようなことだと思つて
さがすのはやめた」
[#ここで字下げ終わり]
ヒョイと氣がつくと
俺の兩頬がつめたい
いつのまにか涙が流れている
俺はポケットから
ウイスキーのびんをとり出して
一息に中味をあおつた
火のようなものが
ノドを通つた
俺はそのびんを
暗いからまつ林の中へ
ビューッと投げた
びんは遠くで、からまつの幹にあたり
ピシリとくだけて散つた
[#ここから2字下げ]
「なんだや今の音は?
なんかほうつたのか?」
「なんでもない」
[#ここで字下げ終わり]
言いながら左手の指は
ポケットの中の
藥のびんをまさぐつていた
急におかしくなつて
俺は聲をあげて
クスクスと笑い出した
腹の底からのおかしさが
こみ上つてくる
氣がついてみたら
俺の中から
死のうという氣が
まるでなくなつていた
そして もう一生 そんな氣が
俺にはおきないだろう
どうしてだかわからないが
それがハッキリわかつた
[#ここから2字下げ]
「小父さん
何がおかしいだい?」
「おかしくはないよ」
「せば なんで笑うだ?」
「笑いやしない」
「ウソをつけ
ほら 笑つてら」
[#ここで字下げ終わり]
おさえてもおさえても
俺の笑いはとまらない
なにか泥醉したように
俺の兩足は歩きながら
互いにもつれてヒョコヒョコする
[#ここから2字下げ]
「ヘイブンブンが
馬のクソに醉つぱらつた!」
[#ここで字下げ終わり]
ヨタヨタと音をたてる
俺の足音に
耳をすますようにしていた捨吉が
やがて
クスクスと笑い始め
アハハハと
夜空を仰いで聲をたててから
再び二人とも歩きだす
鳴り始めた捨吉の笛の音色が
ヒョイと變つたと思つたら
道はだしぬけに林を拔けて
高原のはじの崖の上に出ていた
空はうす明るくなつている
足だけが踊るようにしながら
捨吉が笛を吹き行く後から
崖道に出る
二匹の蠅が
笛の音に合わせて
手をすり
足をすつて現われた
夜明け前の冷たい空氣が
深い谷あいに開けて
はるかな向うの山脈の上は
すでにいくらか白みかけた
見おろすと
谷あいはまだ暗い
[#ここから2字下げ]
「さあついた」
[#ここで字下げ終わり]
捨吉は立ち止つた
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