たのよ」
昇さんはバツが悪くなってぴょこんと一つおじぎをして竹藪の方へ立ち去って行きます
「どうしたの、お父さん?」
「うむ、昇君は親切な良い青年だ」
父はそう言って、水仙の花を睨んでいるのです
4
その昇さんは私のところを離れると
本堂の裏を墓地の方へ曲ります
するといきなり花婆やのブツブツ声が聞こえます
「そうでございますよ
みんなみんな、おしまいになるのですからね
ナムアミダブツ、ナムアミダブツ
みんなみんな、大々名から
こじきのハジに至るまで
こんりんざい、間ちがいなし!
地面を打つツチに、よしやはずれがありましても
こればっかりは、はずれようはございませんて!
百人が千人、一人のこらず
おしまいは必らず、こうなるのですからね!
生きている時こそ、なんのなにがしと
名前が有ったり金が有ったり慾が有ったりしますけれど
ごらんなさいまし!
こうなるとコケの生えた石ころやら
くさりかけた棒ぐらいですわ
ナムアミダブツ、ナムアミダブツ
ちっとばかり生きていると思って
慾をかいて、汗をかいて
くさい臭いをプンプンさせても
無駄なことではございますまいかの」
花婆やはカナつんぼのくせに
おそろしいおしゃべりで
しかもひとりごとの大家です
そこら中につつぬけに響く大声でしゃべりながら
墓地と垣根にはさまれた
細長い無縁墓地に並んだ
無縁ぼとけの墓の間を
毎朝の日課の、ほうきで掃きながら
昇さんが近くを通るのにも気もつきませんが
垣根の向うの花畑の方で
かきまわされるコヤシの
音はまるきり聞こえなくても
鼻はつんぼでないものだから
ムカムカするほど、かげるからです
花婆やは、それはそれは人の良い
念仏きちがいの婆やですけど
内の父の気持が伝染して
コヤシの臭いを憎んでいるのです
いえ、正直いちずの人の好い人間の常で
当の父よりも伝染した方の婆やの方が
憎む気持がいちずです
ははは、お婆さん今日もやってるなと
にが笑いしながら垣根の切れ目から
ソッと自分の内の農園の方に抜け出ると
お父さんは案の通り向うのコヤシだめで
怒った顔をしてかきまわしていて
ズッとこっちの垣根のそばでは
昇さんのお母さんの、おばさんが
苦労性の青い顔で
「昇や、急いでおくれ
お父さんは、もう花を自転車に積みおえなすったから
お前、ボヤボヤしていると叱られるよ
あああ、ホントに私は毎朝いま
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