来ない時分
もしかすると、君のお父さんもまだこの寺に養子に来る前かも知れない
だからもちろん僕も君も生れるズット以前の話だ
この寺の先々代の住職の坊さんと
僕んちの父の父――つまり僕は知らないが僕の祖父にあたる老人が
その頃この町で流行のように行われた
耕地整理をキッカケにして
あの竹藪のこっちがわの境界線のことで
ひどい争いをしたと言う
それもホンの長さ十間ばかりの間、幅が二尺か三尺
坪数にして僅か十坪ぐらいを
自分の畑だ、おれの地面だと言いつのって
どうにも決着がつかぬままに
裁判にまで持ち出したけど
もともと両方とも先祖から持ち越した土地のことで
どちらの物と決められる証拠はなし
裁判所でもウヤムヤになってしまった
それ以来、君んとこの先々代と僕の祖父は犬と猿のようになってしまい
僕んとこではそのうらみを僕の父に受けつがせ
君んとこではそいつを先代に、先代はまた君のお父さんに吹き込んで
ズーッとつづいているそうだ
母が言うには
毎年毎年、春と夏はそれほどでもないけれど
秋になってくると、おかしなことに
お父さんと隣りの院主さんの争いが激しくなって来る
そして冬になって寒くなると、表立っていさかいはなさらないけど
両方で自分の家でふくれながら
先方をそれはそれは憎みなさるんだよ
いつものことなので少しは馴れっこになったけど
どう言うのか戦争がすんでからこっち
また一年一年とひどくなって来てね
この分で行くと、お前も見たように
どんなことがはじまるかと思って私は気苦労でしかたが無い
戦争が終って民主主義とやらになって
自分自分の慾が強くなって
人間みんな喧嘩早くなったのかねえ
――母はそう言う、馬鹿な話さ!
そいで母と僕とで、それとなく
もうそんな争いはやめにしてくださいと言うと
父は、自分はやめる気でも相手がやめないから仕方がないと言うんだ
どうして毎朝毎朝いりもしない木魚を
おれをからかうように叩くんだと言うんだ
君のお父さんはお父さんで、きっと似たようなことを言うにちがいない
自分がやめる気でも相手がやめない
毎朝毎朝、こちらが嫌いと知りながらコエの匂いをなぜさせる
喧嘩を売る気があるからだ、と言うにきまっているんだよ!
木魚の音が先きかコエの匂いが先きか
どっちもどっちで相手をとがめてキリが無いのだ
馬鹿は死ななきゃ治らないと言うけれど
ほかのことでは賢い
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