んだい。フフフ……。
登美 行っちゃった。フフフ、フフ……。
三好 フフ……(むやみと、おかしくなって、腰をかけて居れず、立上って、フラフラ歩き出し、声を殺して笑いながら、ユスラ梅の方へ)
登美 アッハハハ[#「アッハハハ」は底本では「アツハハハ」]、ハハハハ。
三好 フフ……(ユスラ梅をちぎって[#「ちぎって」は底本では「ちぎつて」]口に入れる)なるほどすっぱいや[#「すっぱいや」は底本では「すつぱいや」]。……アッハハハハ、フフ、アッハハハ、アッハハハ……(笑いが止まらない)
登美 ホホホホ、ホホホホ……(これも笑いが止らず、苦しそうにして、編みかけのレースで顔を蔽うて縁側に突伏して笑っている)
三好 アッハハ、ハッハハ (ユスラ梅をちぎって噛む)いいよ! いいよ! いいじゃないか[#「いいじゃないか」は底本では「いいぢやないか」]! なんて事あ無い! 枝ぶりの良い樹かあ。
登美 ク、ク、クク……(縁側に突伏した笑い声が、いつの間にか、次第に泣き声に変っている。肩が波を打っている)みんな、みんな、みじめだわあ。
三好 どうした、登美? アッハハ、いいんだ、いいんだ、泣く奴があるか! みじめな事あ無いさ。みじめであっても無くっても同じ事さ。面白いじゃないか[#「面白いじゃないか」は底本では「面白いぢゃないか」]。みんな追っかけられてる。堀井さんは韮山に、韮山は本田に、本田は銀行に。そいで、それぞれ又別の奴を追っかけてる。佐田も、そいから君も、そいから俺も……ええと、俺もかな? いや、俺が一番ドンヅマリの終点かな。とにかく、なんにも持ってない俺が一番楽なようだ。フフフ、枝ぶりの良い樹は無いか? 少し俺もぶらさがりたくなった。
登美 (泣き声を上げて)三好さんの馬鹿! 三好さんの馬鹿! 三好さんの馬鹿!
三好 ハハ、馬鹿でもいい。馬鹿でいい。馬鹿は、死ななきゃ、治らない――と。馬鹿でいいんだ。……ありがたい!(深く頭を下げ、何かに向って二度も三度もお辞儀をする)ああ! 日々、好日! ありがたい。良い天気だ。……(いつの間にか、頬に涙がタラタラと流れ、光っている)
登美 なさけ無い! みじめだわ! なさけ無いわあ!
三好 なさけ無い事あ無い! ハハハ、なにを泣く?
登美 馬鹿よ!
三好 俺が馬鹿なら、君も阿呆だろ。いいさ。昔、仏《ほとけ》、霊鷲山《りょうしうざん》[#ルビの「りょうしうざん」はママ]にいましき、と言う奴だ。……そら、お袖さんが鞍馬山をやり出した。(なるほど、上手奥で鞍馬山の最初の部分の大薩摩が、殆んど三味線の糸が切れんばかりの烈しさで鳴り出している)……(三好、無意識に左手で顔の涙をブルンと拭いて、気が附くと、レース編みの編み棒をまだ握っている。びっくりして見ていたが、それを握りしめて、自分の左の太腿の上からグッと突き立てる)ツ!
登美 何するのよう、馬鹿!(また泣き出す)
三好 ……(その編棒をポイと植込みの方に投げ捨ててスタスタ縁側の方へ行く)……痛え、やっぱし。……登美、君は、あっちへ行ってて呉れ。
登美 どうするの?
三好 チョット、書きたいんだ。(足の塵をはたいてから上へあがる)これを書く。
登美 これ?
三好 これさ。……日々、好日。日々、これ、好日だ。……なんでもいいから、あっちへ行け。邪魔だ。(机の前にキチンと坐る)
登美 三好さんの馬鹿野郎!(言い放って縁側を廻ってドンドン上手へ立去って行く)
三好 ……(机の上の原稿を見詰めながら、無意識に左手が煙草入れの方へ行く。しかし、その手が中途で止り、しばらくジッとしていたが、そのままの姿勢で、キチンとお辞儀をした額が机に附かんばかりになる。……お辞儀を終って、そのまま坐って原稿紙を見ている)
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 (叩きつけるような鞍馬山の三味線が、音量一杯に鳴り渡って来る。それを聞くともなく聞きながら坐っている三好。……オルゴールが三味線に変っただけで、全部が[#「全部が」は底本では「 全部が」]第一場の幕開きと同じ情景である)
 (庭の樹々に陽が照り、明るく、静まっている)
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ](終わり)
[#地付き](昭和十六年六月作)



底本:「三好十郎の仕事 第二巻」學藝書林
   1968(昭和43)年8月10日第1刷発行
※〔 〕内は、底本編集委員による加筆です。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:伊藤時也
校正:及川 雅・伊藤時也
2009年6月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティア
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