……ごらんなさいよ、あの朝寝坊さんが、こんなに早く裏口なんぞから入って来てさ、クモの巣だらけになってかき廻していらっしゃる。先生の気性を知っているだけ、私なぞ、出来ることなら――。
三好 引っぺがしゃいい。
お袖 だってさ、(両手を背後にまわして見せる)これですもん。
三好 かまわんですよ。僕が引き受けます。
お袖 とんでも無い。こうして、居て貰っているだけでも、すまないと言ってらっしゃるのに、そんな、あなた――。
三好 あべこべだあ。僕あ、行き先きの無い人間なんですよ。――とにかく、そいつは、持って行かないじゃ駄目だ。(立って行きかける)
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(そこへ、奥の廊下に足音がして、堀井博士が、手に日本刀を一本と小さい軸物を一つ持ち、塵をフッフッと吹きながら入って来る。四十才位で大きな身体に、半礼服の黒っぽい洋服。おしゃれと色白の顔と鷹揚な人柄がシックリ一つに溶け合って、年よりもズッと若く見える。良家に人と成って苦労知らずに育った秀才で、専攻の医学以外の事では、ひどく投げやりな風である)
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堀井 (子供が菓子でも貰ったようにニコニコ笑いながら、刀と軸を二人に見せる)有った。
三好 そりゃ良かった。
お袖 (心配して眼をキョトキョトさせて)まさか、先生……?
堀井 なに、奥の定紋入りの手文庫で、四つばかり封印の貼ってない奴が有ったろ、あん中さ。ハハ、骨を折らしやがった。(立ったまま刀をスラリと抜く。ドキドキするような刀身が庭の木の葉の反射を受けて光る)そら、まだ錆びてやしない。(一つ二つ素振りをくれる)
お袖 あぶないわ、先生!
三好 ……(再びモッサリと坐って)斬るつもりなんですか?
堀井 勿論さあ。
三好 だって、先生は、向うへ行ってもいずれ病院でしょう?
堀井 だけど、病院と言ったって、奥地へ入りこめば、そう始めからしまいまで、病人やけが人ばかりを相手にしてメスばかりいじくっているわけでもあるまいじゃないか。敵さ。敵だよ。
三好 さあ、敵も敵だろうが、それよりも、先生なぞ、自分の中のお人良しと言う奴を向うへ行って斬り捨てて来て欲しいな。
堀井 又、それを言う。……然し、君の言う通りかも知れんね。いずくんぞ知らん、敵は我が腹中に在りか。よし、そいつを、ぶった斬って来る! なあに! ウッと! なんしろ、持っているだけでも、気強い
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