りませんかね? だけど、先生とは永年のおなじみだから、まさか、こうなっても、それほど冷たい事も出来ないと思うて、わては、これでも、我慢に我慢をしぬいて来ている。先生に会おうと思って足を棒のようにして彼方此方お百度を踏みはじめてからだって、もう一月の余にもなります。そこんとこはあんたも諒解して貰いたいな。
三好 そりゃ、わかっています。
韮山 でしょう? それなんだ。第一、私は、先生が誠意さえ示して下さりゃ、元金《もときん》だけで、利子の分はスッカリ棒を引いてもいいと言う腹さえ持っている。
三好 この前も伺いました。……だけど、今の先生には千円一万円も同じことじゃないかな。
韮山 だ、だからさ、だからわては言うんだ。問題は誠意ですよ! 誠意の問題だす。先生が誠意さえ見せて下さりゃ、なにも好んで事を荒立てたいとは思うていません!
三好 そうですかねえ。だけど無いものは無いんだから……いっそ、どうです、その刑事々件にしちゃったら!
韮山 そ、そんな、あんた。あんたは心易く言うが、そいでは、そうしてもよろしか?
三好 ほかに仕方が無ければ……。
韮山 だから問題は誠意の問題だと言うとるんや、私は! な! 人は情の淵に住む、歌の文句にも言うたある。いいか! 問題は誠意の――。
三好 誠意なら、先生は持っていますよ。
韮山 (いたけだかに)持っている! 持っている人が、どうして、こんな具合に、弁護士に頼んで銀行の方だけに家屋から家財一式を、そっちの方だけに、封印を貼らせてしもて、私の方で債権を実行しようとしても手も足も出ないように、でけます? しかも、話を附けようと私がこれほど追い廻しているのに、逃げかくれして歩くことが、どうして、でけます?
三好 金さえ有れば問題無いでしょう?
韮山 そりゃ、金が有れば、金が有れば、私の方は、もともと、――(フッと言葉を切り、聞き耳を立てる。奥で何か物音がしたのである。三好もそっちを見る。再び奥でコトコト物音がする。韮山スッと立って、上手の広い室との間の襖を開けて入って行き、誰も居ないので変な顔をして四辺を見廻わす。三好も続いて入って来て、韮山のする事を眺めている)……ふむ。……(韮山、再び此の室の奥の襖を開けて、出て行く。三好もそれに従って奥へ消える。……間。あちこちの室を人を捜して忙しく歩きまわっている韮山の襖を開け立てする音。……しばら
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