ります。伯父として――。(二人それつきりフツツリと黙る。今迄互ひに睨み合つてゐた眼を双方そらして傍を向いてしまふ――間)
六平 ……(せき払ひをして、今迄とはまるで違つた調子で)高山の林ん下の二段田は妻恋一の上田ちう事は皆が知つとる。(とまるきり出し抜けな事を言ひ出すのである)ところが、登記をすんのに三百両ぢやからな、ま、そこで高井の染谷君も二の足をふむ道理か。ハハ。
笠太 (これも別の事を言ふのである)染谷々々と言ふけれどもが、家屋敷から田地|悉皆《しつきやあ》、農工銀行に抵当に入つてゐる上に、篠町の月田の穀問屋へ二重に入つとるげな。内輪を見れば似たり寄つたりだ。他人の世話あ焼かんものよ。のう。ハハハハ。
六平 (カツとして向き直つて)お前、皮肉ば申さるるかつ! 染谷に私が借金しとるのは、嘘でないとも! しかしぢや、私の手元が都合つかんで染谷の方で裁判沙汰にしようとまでなつたと言ふは、肥料代三月も溜めて居る上に耕地整理の際のカカリまで未だに払へもせぬ癖に、たゞもう餓鬼の様に、よい田地とさえあれば物にしようとかかつて居る高山やお前みてえな暴の者が有るからぢや!
笠太 餓鬼とはあんでがすか餓鬼とは! そりや、そりや、あんたに借りが有る者は実正でがす。そりや、返せばようがせう? へん、返し申す、しかし、それとこれとは話が別ぢや。そもそも私等が食ふ物も食はんで、高山の方へ二段田の手附けを打つたといふものが、血の出るやうな――(皆まで言はせず、六平太いきなり立ちかける。丁度そこへ奥で自動車のラツパが鳴つて近づく)
六平 あにが、血の――(そつちを見て)お、来た! こんだ篠町からぢや!(と、口論の方は始つた時と同じく突然に打切つて左手へ走り出す。笠太郎も、これに続いて走つて消える。ラツパの音)(あとには舟をこいでゐるクミと、眠つてゐる六郎)(右手から包みを持つたトヨが出て来る。スタスタ歩いて左寄りの橋の上まで来て立停り、今自分の歩いて来た山の方をヂツと見てゐる。ヒヨイと振返つて待合小屋を認め、急にくたびれが出たらしく休んで行く気になり、その方へ歩み戻る)
トヨ はれまあ、クミちやん? 六郎さんだ。(と声を掛けようとするが、思い返してよして、黙つて、先刻六平太の掛けてゐた場所に掛ける。美しい顔だが、何分にも産後でやつれてゐる。間)
クミ あーあ。あーあ(欠伸。右手を伸して肱をポ
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