あにが、此のオタンコナスめ、貴様の亭主にならうと云ふ男ば迎へに出るが、あにが慾だ! 親の慈悲ば、ありがたいと思へ。
クミ ……(欠伸をして)くふん。甚次さんのお嫁さん、甚次さんのお嫁さんと云ふちや、処女会の人が私の事を、ひやかす。私あ、なんぼう、てれ臭いわ。
笠太 あにを! ぢや手前、甚次、嫌えか?
クミ 嫌えにも好きにも、顔も憶えちよらんに。
笠太 今に見ろ、今に見ろ。永年東京で磨き上げた男ぢやぞ、こねえな山ん中で山猿共の面ばつかり見てゐた手前の眼がでんぐり返らよ。ポーツと来ねえように気をたしかに持つちよれてば。アツハツハツハ。アハハハハ。(一人むやみと上機嫌に哄笑するのである)アハハハ。辺見笠太郎の体面に関すらよ。あんまりだらし無くおつ惚れんな。ハハハ。
クミ んでも、来なきや仕様あんめ。今日も、はあ、もうお日さんが一本松の股んとこまで落ちたで、日が暮れらね。(笠太郎ケロリと笑ひ止む)
笠太 読んで見ろ。これ読んで見ろえ。
クミ 何度読んだとて同じぢや。小生一生の事に就き伯父上に御相談致したく、だ。来月二十八日篠町着にて御伺ひいたす……あんまり何度も読まされたで暗誦してしまうた。九月の二十八日とは昨日ぢやが。
笠太 そこが二十四や五の女子にや解らんとこよ。積つて見ろえ、先は安多銀行てえ、あんでも東京でも一二の所に務めてゐる身体だ、都合で一日伸びと云ふ事有ら。うん。
クミ そりや、さきおととし来た手紙に書あて有つた事ぢやろが。……あああ。私、もう帰るから、自動車賃くれろ。
笠太 帰んなら帰れ。金は無え。足が有ら、けつ。三十銭なんて払へつか!
クミ 昨日から三度行つたり来たり、四里ぢやから三四十二里、私あ太腿さシンが入つたわ。乗合が有んのに乗らねえんだもん。乗合通はすの、んなら、村でことわればええに。
笠太 此の女郎! オタンコナスめ、あんにでもケチを附けるたあ、貴様あ、六平太の小父きにソツクリぢや。帰れ、クソ!
声 あにが私にソツクリぢやね?(言ひながら、当の妻恋六平太が、酔つた顔をして右手から現はれる。山高帽をかむり、袴を着けてゐるが、どう云ふつもりか、袴の両モモダチを上げてゐる。待ちあぐねて、直ぐ近くの茶店に行つて一杯ひつかけて居たのらしい)ああん、帰れとは?
笠太 ははん? ……あんたも、もう帰つてくれろ。
六平 帰つてくれろ?
笠太 ははい。もう、こんだ
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