が、奔馬性の熱を出すように、この現象はもう既に現われていて、世のカッサイを浴びている。その中には、かなりの老人になってから初感染して、しかもほほえましい事に、サナトリアムのベッドの上に安全に寝てから奔馬性の熱を出している、森田草平だとか出隆とかいったような人もいるくらいだ。(そうではないか、君たちにもし共産主義者になる必然が有ったのだったら、それの最も必要とされた戦争中になぜなってくれなかったのだ? あれから、まだ、たった四年ばかりしかたっていないのだ。忘れはしないぞ。君たちの六十年は、君たちの四年よりも軽いのか?)――いやいや、批難しているのでは無い。むしろ、けっこうだと思っている。大いにけっこうだとは思っていないが、中ぐらいにけっこうだと思っている。まったくのところ、べつに悪い所に入るのでは無し、悪いものの上にのっかるのでも無いのだから、それはソッとしておけばよい。ただ当人たちがあんまり騒ぐから、ヘンな気持になるだけである。
ところが、第二の、自然主義風な日本製ニヒリズムにイカリをおろしてしまいそうに思われる人々や傾向には、問題があるように思う。それを語ろう。
私は barre
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