マルクスを見るにも、『資本論』を通して見るのと同時に、このエピソードを通しても見ます。笑いながらであるけれど自分の打ち立てた体系からハミ出してしまっている自分自身を認めているマルクスを見るのです。そのハミ出してしまった部分をもひっくるめてマルクスと言う人間を見るのです。そして、おもしろいと思います。たのもしいと思います。そして人間と人生はどこまで深くどこまで偉大になり得るかわからないと思い、その事から人生に対してホントのケンソンさと同時に人間の可能性についての自信と希望を得ることができます。そして、これが芸術の態度の本質なのです。芸術家の態度の本質なのです。芸術と芸術家は、人間を頭脳だけとは見ません。生殖器だけとも見ません。それら全部が一体となったものと見ます。そしてその一体となったものは、五官の全部の算術的総和よりもさらに大きなものと見ます。また、人生社会を一つや二つや三つのイデオロギイでカヴアできるような小さいものとは見ません。それらのイデオロギイ自身がそれぞれ人生社会全部をカヴアできるのだといくら豪語しても、それがウソだと言うことを「感じ」ます。感じているからこそ、芸術家はどんな
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