の集会に出ては、同志達に向って「悔い改め」をすすめたり、代々木の共産党本部の中に教会を建てることを主張したりして、牧師としてキリスト教の集会に出ては、信者たちにひざまづいてインターナショナルを合唱するように命じたりするようになるでしょう。もっとも、すべての状態がゆるやかな間は、マルクシスト達もキリスト信者達も赤岩さんの熱心さや誠実さに免じて、微笑しながらそれを許して置くでしょう。しかし状勢がキンチョウして来れば、許しては置かないでしょう[#「置かないでしょう」は底本では「置かないでしよう」]。なぜなら、それは本質的に敵同士の関係ですから。すくなくとも、その双方が互いに相手方を敵だと思っている関係ですから。それは、ちょうど、ふだんの時ならヒステリイ患者が発作を起して大騒ぎをしているのを、たいがいの人が許して置けますが、ひとたび火事騒ぎになれば、しかた無く、その患者をうっちゃって置くか、踏んづけて消火活動をしなければならなくなるのと同じです。赤岩さんという方は、どちらかといえば善い方のようですから、イザという時にあんまりひどい目に逢わしたく無いものですねえ。もっとも、すべてのヒステリイ患者
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