して君は多分、二度三度とは見に行かなくなるにちがいない。それでよい。
第三に、「しかし自分たちは演劇を勉強しているのだから、その参考のためにも、それから先輩たちの経験から滋養分を摂取するためにも、やっぱり見なければいけないのではないか」と言ったような考えをスッパリと捨てたまえ。それは「自分は女について知りたいからパンパンを買わなければいけない」と言ったような考えと同じで。パンパンを買わなくても女のことは知ることが出来る。演劇の勉強は猿が物マネをするのとは、ちがう。この生きた現実の人生が劇のお手本だ。学んでよいのは人生だけである。それに、これらの「先輩たち」は、よい気になってゴマカしているけれど、演劇芸術家としてのウンチクや経験など大したものは持っていない。たいがいお寒いものか、デタラメか、コケオドカシである。彼らの内幕や経歴をかなりよく知っている私が言うから、信用してくれてよろしい。
第四に、既成の新劇人たちの指導による演劇学校や研究所の生徒や研究生になるのは、よしたまえ。既になってしまった諸君は、明日からそこへ行くのをやめた方がよい。なぜなら、そのような指導者たちの学識や内容は、
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