たやっぱりイデオロギイの上では左翼であって、気質的にはかなりに強度の権力好きでボス的で、主として自分自身のためにシバイを運営して行きながら、人のためにシバイをやっているような事を言ってみたり――これまたコグラカリかたが一通りでは無い。その他、猛烈なスタア意識で動いている「民主主義」の俳優だとか、金がほしいだけのために、「芸術的良心」をうんぬんする演出家だとか――とにかく、ほとんど大部分の者が、どこかしら、ソフィストケイトして、二枚底になっている。もっとも、ズルイためや悪気があってそうなっているのでは必ずしも無いようで、時代のせいや当人たちの無邪気さのためにそうなっている者もあるようであるから、深くとがめるには当らないであろう。ただ、このように目まぐるしいソフィストリイについて歩くのは、たいへんくたびれる仕事である。私もくたびれた。そしてついにアゴを出してしまった。

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 第三に、新劇人たちの「ハクライ趣味」のこと。これがまた珍無類である。なにしろ、終戦直後、新劇公演がやれるようになったら、トタンにチェホフの『桜の園』と来た。その理由が、「とにかくあまりケイコしな
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