義などとニヒリズムとの距離よりも、ニヒリズムと、この「日本製」似而非《えせ》ニヒリズムとの距離は、はるかにはるかに遠い。われわれが肯定に立とうと否定に立とうと、われわれは、自身の中から「日本製」ニヒリズムを追い出さなければならぬ。いやいや、強く、論理的に、誠実に、一貫性をもって、シブトクわれわれが考え、生きようとすれば、必然的に、この手のニヒリズムを自身の中から追い出さざるを得ないであろう。
私が戦後派作家たちについて抱いた大きな期待の一つは、たしかに、彼等が戦争から「死なんばかり」にして持ち帰って来てくれたニヒリズムが、この「日本製」似而非ニヒリズムを、或る程度まで追い払ってくれるだろうという望みであった。今でも望んでいる。そして、この期待が、まるきり、はずれたとはいえない。すこしばかりだけれど、それは満たされた。主として彼等の初期の作品において。
ところが、だんだん、いけなくなって来たように見える。彼等は、「日本製」似而非ニヒルの中にイカリをおろしはじめたようだ。中には、もともと「日本製」であったのが、一時的に戦争のショックでホンモノのニヒリズムらしい形をとっただけで、ショックがうすれて来たものだから本性が現われて来たように見える作家や作品もある。前にも書いたように、カンタンに左翼の方へ展開できる戦後派や、モダーニズムやペダントリイで満足している戦後派は、論外だ。その他の人たちの事を言っている。この人たちが最近示している作品の性質や、その作品の世界と作家の実生活との関係などが、前記、ニヒリズムと「日本製」似而非ニヒリズムの、どちらに、よりよく似て来つつあるだろう?
私には「日本製」の方に似て来つつあるように見える。それを私は残念に思う。せっかく、せっかく、われわれは、言葉では言いつくしがたい位の高価なギセイを払った末に、われわれ自身を世界的場の高さにまで引きあげ得る手がかりと可能性をつかんだのに、そして、そのことについてのチャンピオンが、これらの人たちであり得ただろうのに、それを再び失いかけているとも言えば言える現象だからだ。たいへん残念である。しかし、そうなれば、そうなったで、やむを得まい。それはそれとして、われわれは、手がかりと可能性を、更に他の手段や他の人々によって発見しつづけ、伸ばしつづける努力を打ち捨てるわけには、ゆかない。私から言えば、正宗白鳥がどんなにえらくとも(事実彼は、彼一流にえらいのである。それを私は認める)彼や彼式になってしまった人たちなど、ソッとワキに置いといて、仏頂面をしながら永生きをしてもらえば、足りる。
われわれは、われわれの探索の歩を前の方へ進めて行くのをやめるわけには行かない。なぜならば、われわれを包んでいる世界の動揺は、この間の戦争でおさまったのでは決して無く、更に大きく更に激しくなりそうである事を、われわれの第六感が感じているからだ。そのための不安がどのようにつのろうと、同時に、そのための不安がつのればつのるほど、われわれはよいかげんの所でイカリをおろすことはできないのだ。
そして思う。ホントの戦後派は、現在までやっぱり、闇市あたりにウロウロしているのではなかろうかと。小説など書いていないのではなかろうかと。また、ついに小説などは書かないのではないだろうかと。――それらしいデスペレイトな人間のいくにんかを私は知っている。力と命に満ち、それ自体ニヒルで、そして、それ自体が革命である人間を。
私はそれらに私の望みをつなぐ。
6
もちろん、これまでの戦後派を見るにも、これから現われてくる、より若い戦後派を見るにも、次ぎの事には注意しなければなるまい。そして私はそれに注意しながら見たつもりだ。
それはなにかと言うと、第一次世界大戦と第二次世界大戦とでは、人類の経験として、似ていながら、重要な一点でまるでちがうものであったという事である。
第一次大戦は、人類にとって「空前」の事件であった。「空前」の事件は心理的必然として「絶後」の感じをともなう。事実ともなった。戦争からの惨害が、ほとんど癒すことができないまでに絶滅的に深く感じられれば感じられるほど、このように「愚かな」このように極端な自殺未遂行為を再び人類がくりかえすことがあろうなどとは、さしあたり、考えられなかった。それだけに、第一次大戦を、その最も激しい渦中で経験したヨーロッパのインテリゲンチャへの打撃は「終末的」な形をとった。そこから生まれて来たものは、「絶望」と言うよりも断絶であった。彼等は、前途に、なにものをも見ることができなかったのである。良いものも悪いものも見ることができなかった。崖の突端で、全身心のワク乱と絶滅感のうちに叫んだ。そのようにして、表現主義やダダイズムといった形のニヒリズムは
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