いることがわかる。一つも例外は無いから、例をあげて実証する必要は無いだろう。
 そして、大戦争があったという事は、その中で人間が強い圧力の下で、最も集約的に爆発的に「生きた」ということである。それは望ましい生きかたでは無かった。にもかかわらず、人間はそれを「生きた」ことにまちがいは無い。死んだのでは無い。「生」のこちらがわの事件であった。言わば、「死なんばかりに」生きたのだ。通って来た者は、みなそれぞれのキズを負っている。
 われわれが戦後の文芸作品を見た時に、われわれの目が、そのキズの所産またはキズそのものとしての性格を最も強くそなえた――すくなくとも、最も強くそなえ得る条件や前提を持った作品や作家たち、つまり戦後派に最も強く注がれるのは自然であろう。それは単なる興味からだけでは無い。もっと冷厳な、もっと深い関心からだ。自分一個の経験と他の人々の数多の経験の間の普遍と特殊とを照し合せ、修正し合って、それを客観的な「人類の経験」として跡づけたいという――言わば、もう既にわれわれの本能にまでなっている近代的、科学的な欲望からのようである。そして、さらに深い所では――もちろん、無意識的に――作品や作家がそこに露呈しているキズそのものの中に、治療を求めているのである。
 戦後派作家たちの作品が、それぞれ多かれ少なかれキズになっている事は事実である。われわれは、それらから多かれ少なかれ治療をも得ている筈である。にもかかわらず、治療の実感が来ない。満足しない。すくなくとも、私はそうだ。ハグラカされたような気がする。引きのばされたような感じがする。そして悪くすると、一寸のばしに――と言うことは、つまり永久に――ハグラカされてしまいそうな気がするのである。
 なぜそうなのか、その理由や原因と思われるものを私流にしらべさがして見ることが、この一文の目的である。
 そして、先ず、戦後派作家たちの作品が、たしかに或る程度まで戦争からのキズでありながら、それが治療の実感を充分には与えてくれないのは、他の原因に依るよりも先づ第一に、それらの作品がキズではあってもスリムキキズ程度のものか、または、かんたんに治りかかっているキズであるためではあるまいか? と考えてみる。

          3

 戦争は、人間を、ニヒルの方へ追いつめる。戦争自体がニヒルだからだ。しかも、その追いつめる力と追いつめかたは、ノッピキのならないものだ。もちろん敗戦国民において、それはいちじるしい。
 今度の大戦における日本の敗戦は、二重の意味で徹底的にサンタンたる敗戦である。それは、戦闘力や戦争準備や戦争思想の敗北であると同時に、日本の歴史の――それをもうすこし区切って言えば、日本の近代そのものの敗北であった。同じく敗北してもドイツやイタリイでは、主として、その国の中の一つのパルタイの敗北であった。日本ではそうでなく、日本そのものの敗北であった。
 戦争中われわれを追いつめて来た、そして戦後追いつめて来ているニヒルは、それだけに、根本的に深く永いものであったし、今後も深く永いものであろう。あちらを見ても、こちらを見ても、いろいろのものが「再建」されているのであるが、しかし実はその「再建」されている姿そのものが、ここ当分三十年や五十年間における日本の再建が不可能である証明でないものは無い。その酷烈さかげんは、もし日本が真に再建し得るものならば、それは他では無く、日本の再建がほとんど不可能に近いという事を実感としてつかみ取るところから始める以外に無いと思わせる。つまり、自らの足で立ちなおろうと多少でもマトモに考える日本人は、いったんは、なにかの意味で、ニヒルの底を突かなければ自分の足を置く場所は見つからない。それ以外は皆ゴマカシかアユかツイショウか雷同だ。われわれを追いつめて来ているニヒルは、人とケンカをしてサンザンにたたきなぐられた人間が痛さとつらさに泣き、泣きながら次第にその痛さとつらさを忘れて行くような種類のものであったり、チョットした手術をされた患者が手術室から出されてヤレヤレ痛かったと思うような程度のものでは無いし、あり得ない。
 ――そのような認識を私は持つ。その認識に立って私は見る。
 戦後派の諸君は、それぞれ戦争を通過して来た。脱出はデスペレイトなものであった。ニヒルは彼等のカカトにくっついていた。自然に彼等の最初の一、二作は、それぞれ、ほとんど無意識のうちに、そのデスペレイトとニヒルを具体化して、力ある表現をとり得た。芸術作品としての弱点や歪みを多分に持ちながらも、それぞれ、それらは本質的に良い作品であり得た。つまり、彼等は、自ら意識しないで、「現役」で戦争を通過して来た世代のチャンピオンまたはスポークスマンであった。別の言いかたをすれば、戦争からのデスペレイ
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