ことができる。それに、なんにも無いよりは、憎しみでさえ、有ったほうがよいのだ。むしろ、今のぼくらの空気の中には、サッカリン式の『愛情』や『善意』が有りすぎる」
まず最初に、私は、私のたいへん尊敬している三人の文学者に吐きちらす。それは広津和郎と志賀直哉と武者小路実篤である。
この三人が、大インテリであるかどうかについては問題があろう。だが今の日本の文学者の中から大インテリとしての質を持った者、または持ち得るものの二、三人を拾うとなれば、ここらではないかと思う。
大インテリとは、すべての党派性と地方性から独立しており、そして、すべての人間の運命に一番近く立っているものの事である。そして、他のどんなものからも支えられずに、自らの力で立っているものの事である。ロマン・ローランがそうであった。ジイドがそうだ。トマス・マンがそうだ。ショウがそうだ。アインシュタインがそうだ。もちろん人類にとっても一民族にとっても代表的な貴重な個性である。ジイドの「今後の世界はホンの二人か三人の人間によって救われるであろう」という言葉の、その二人か三人というのが、これにあたるかどうか、わからない。しかし、いずれにしろ、それに近いものであろう。
そして私の分類に従って言うならば、大インテリとは、サイミン術にかかりにくい性質を持った人間だ。そして、コンミューニズムの端からファシズムの端に至るあらゆる種類の政治的プリンシプルが、現実的にデスポティズムの形をとった場合には、すべてサイミン術になる。そしてなにかの意味でデスポティズムの形をとらぬ政治的プリンシプルは有り得ない。だから、大インテリというのは、結局は、常に政治と闘う者のことである。そして、サイミン術や政治と闘う道具として、彼自身の、そして彼自身だけのエイ智以外には、なんにも持っていないし、持とうとしない。目の中にウツバリを持たぬと同時に、手に武器をも持たぬ。群集を愛すれば愛するほど、群集の動きから一人離れ、醒め、孤立する。せざるを得ぬ。
広津や志賀や武者小路が、それぞれの特性を持ちながら、共通して右のような傾向を持っていることは、この三人の歩いて来た道と仕事の内容を思いだしてみればわかる。また、永井荷風や谷崎潤一郎や宇野浩二や里見※[#「弓+享」、第3水準1−84−22]などとくらべて見れば、いっそうハッキリする。永井や谷崎や宇野や里見などは「文士」だ。広津や志賀や武者小路は文士だけではない。文士からはみだしている。はみだした所で、彼等は多くの人々の運命を背負っている。多くの人々の運命のことを忘れようとしても忘れることができない。「世が病め」ば、彼等も病む。血がつながっているのである。それでいて「醒め」ている。不幸だ、それだけに。すくなくとも、苦しい。この十年間――日本が戦争をはじめ、続け、敗け、そして現在こんなふうになっているこの十年間、さぞ苦しかったろう。お礼を言わなければならぬ、それに対しては。しかし、それだけにまた、今後についての要求も、この人たちに対して強くならざるを得ない。今までの十年間は、十年コッキリで終りになったのではない。つづいている。そして、その中で、ぼくらは、この人たちの生きて行く姿や仕事を見つめつづけて、それらを意識的、無意識的に自分たちの指針にしたり、示唆にしたり、すくなくとも、一つのよりどころとしたり、一つの刺戟としたりしようとしている。だから、モーロクしてもらっては、困るのだ。永井や谷崎や里見などは「芸道」のザブトンの上でウトウトと眠らせておけばよい。大インテリには、ザブトンの上でウトウトしたりする権利は無い。灰になるまで、後継者からスネをかじられることをカクゴしてもらわなければならぬ。
私も、ひとかじりずつ、かじって見る。
まず広津和郎。なんというすぐれた神経組織だろう。それがクタクタに疲れている。そして、疲れたために強ジンになった。皮がナメされて強ジンになるように。これは単に「頭が良い」などという程度のことでは無い。頭の良さならタカが知れている。しかし神経の正常さと精密さにかけては、ザラにあるシロモノでは無い。それが、しかし、どうして、小説を書かせると、こんなにマズイのか? いや、マズイだけならよい。どうしてこんなに気のはいらない――むずかしく言えば彼自身にとって第一義的にはほとんど意味の無い小説を書くのだろう? いや、言いかたの順序が逆になった。広津の書く感想文、とくに人間についての印象記などは立派だ。このあいだ読んだ牧野信一との交友録など、目も筆も冴えかえったものであった。牧野信一を描いて、あれほど的確で深い文章を私は他に読んだことが無い。これはホンの一例で、広津の書くヒューマン・ドキュメントは、ことごとく一流のものだ。それが、おそろしくツマラヌ小説を
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